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*幻想の愛*(non fiction)*
モンバサの乾いた風に包まれて、彼女は今も元気に生きているだろうか。
愛だけを信じて、今も彼の帰りを待っているのだろうか。

彼女はタクシーの運転手と娼婦をしていた。ケニアでは珍しい事ではない。
インド洋を渡って、モンバサの港にフェリーが着いた時、もうすっかり日は沈んでいた。
港と市街地を区切るフェンスには、大勢のタクシー運転手が群がっていた。彼らにとって、フェリーで来航する外国人客はこの上ない上客なのだ。
フェンスの外に犇めくドライバーの中で、私は彼女を選んだ。
タクシードライバーにしては小奇麗なワンピースと洒落たボブのウィッグを被った彼女は親しげに私に話しかけ、車に案内してくれた。
『この辺で比較的安全なクラブなら二件あるわよ。ただ、別々のマフィアが仕切っているから、今日は私の馴染みのお店の方に連れて行くわ。良い所よ。』
彼女の黒い車には幾つかの弾痕があり、フロントガラスにも銃弾が突き抜けた跡があった。
治安はそれほど良くないとわかっていたけれど、こんな車を平気で乗り回す世界があるんだと思うと、自分の国ではほんの少しの擦り傷さえも気にして修理に出す人々がごまんといる事が、何だか馬鹿らしく思えてきた。

着いた場所は、一階がダンスフロアで二階がバーになっている大衆酒屋的な居心地のいい場所だった。
一頻りダンスフロアで踊った後、二階に上がって彼女とTUSKER(ケニアのビール)を飲み、話をした。
『私がタクシードライバーをしているのは、子どもが生まれたから…。昔は娼婦を仕事にしていたんだけれど、子どもが出来ると、相当困った時でなければ子どもを放っておいて娼婦の仕事は出来ないからね』
彼女はそう云って、ビールの瓶をくるくると回した。
『結婚しているの?子どもは何歳?』
『もう三歳になるわ。結婚はしていない。夫は故郷に帰っちゃって、いつこっちに戻ってくるかもわからないし…』
『どこの国の人?』
『…日本よ。あなたと同じ。ねぇ、ビジネスマンでヤマシタさんって人なのよ。トウキョウでしょ?あなた知らない?』
『東京にはヤマシタなんて名前、沢山いるし…ごめん、あたしにはわからないや。』
『そう…。彼は仕事でここに来てね、それで私と寝たの。私は娼婦だったからお金は貰ったけれど、ヤマシタさんだけは違った。三ヶ月いて、私はその間、彼の相手しかしなかった。彼の事を愛していたから…。彼は私の妊娠も分かっていた。きっといつか迎えに来るって約束して、沢山のお金を置いて行ってくれたわ。』
吹き抜けの一階フロアから立ち上る熱気と歓声の中で、私は残酷な真実を彼女に伝える事が出来なかった。

その男は、彼女をただ金だけで好きなように出来る、都合のいい娼婦だとしか思っていなかった。
でも彼女は、彼から受け取る金や時々プレゼントされる安物のドレスやアクセサリーを宝物のように大切に大切にしている。
そんなろくでもない男から受け取った、「命」というものを何より大切にしている。
何故なら、彼女は彼を愛しているから。
『…ずっと、愛しているわ。そして、待ってる。彼がいつか、私たちの子どもに会える日が来るように、毎日神様に祈っているわ。このブレスレットもね、彼が帰国する時に私にくれたものよ。』
彼女は細い腕にはめた、メッキの剥げかけた金色のブレスレットを大切そうに指先でなぞった。
『今は、どうしようもなく困窮した時だけ、身体を売る仕事をしている。マフィアのボスには稼ぎが無いって叱られるけれど…だけど、私がヤマシタさんを愛している事に変わりは無いの。だから、こんな生活の中でも私は希望を持って待っていられる。子どもも、お金も、何もかも、ヤマシタさんが私を愛してくれているから私にくれた…』

私はビールを飲み干して、カウンターでもう二本追加を頼む。
『ジュディだろ?あの子、あんたと同じ日本人の夫がいるらしいな。心当たりないか?』
店主に訊かれ、私は、彼女にも同じ事を聞かれたけれど私は知らない、と答えた。
この国に住む人々は、バカな日本人が欲望を満たすためだけに現地の女を金で買う事を知らない。
知らないと云うより、理解していないのだ。なぜなら、彼女が今も幸福そうに子どもと暮らし、「夫」の帰りを待ち続けている事に何の違和感も覚えないのだ。
実際、そんな黒人女性は星の数ほどいる。彼女たち全てが、いつかはきっと帰ってくるであろう「夫」を待ちながら、この貧困と危険に溢れた街で暮らしている。
席に戻った私は彼女に云った。
『いつか、帰ってくるよ。私も東京へ帰ったら出来るだけ探してみるから。約束する。もしも見つかったなら、その時は手紙を書くよ。』
これが私にできる、精一杯の気遣い。優しい嘘。東京へ戻ったって、そんなどうしようもないロクデナシの男、探すつもりなんて毛頭無い。
だけど、腕のブレスレットを大切そうに撫でる彼女に、本心と真実など云えるはずもなかった。

あれから十年経つ。彼女は相変わらず愛を信じて、弾痕だらけの車を走らせているのだろうか。
今日のモンバサは相変わらず広い青空が広がっているのだろうか。
見切りをつけて、割り切っていてくれればいい。私はそう願っている。
だけど彼女には無理だろう。彼女だけではなく、日本人の子どもを宿したアフリカの女性たちは皆、「夫」の帰りをひたすらに待ち侘びている。
愛だけを信じ、愛だけを心の拠り所にして。
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[2010/04/01 18:19] | 小説―light | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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