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*ラナンキュラス*
朝焼けの空の色は、私の部屋の花瓶に活けられたラナンキュラスと同じ東雲色。

眠れずに夜を明かした顔を鏡に映すと、それはとてもひどい顔をしていた。
目の下には隈。真っ赤に泣き腫らしたウサギのような赤い目。

昨日の夜、突然、君に別れを切り出された。
でも、数ヶ月前からなんとなく、そんな気はしていた。
ちょっとかび臭いお風呂場にほのかに残った香水の匂いや、なかなか帰って来ないメールの事や。
だからって、一年と三ヶ月も付き合っていて、こんなにもあっさり裏切られて捨てられるとは思ってもみなかった。
愛してた。たぶん、私は彼の事をきちんと愛していた。
だから、こんなにも胸が痛くて頭がこんがらがっているんだ。

彼の部屋のドアを閉めて、アパートの立ち並ぶ路地を歩いていたら、急に涙が流れて止まらなくなった。
「別れた方がいいと思うんだ。俺、他に好きな子が出来た」
好きな子が出来た、じゃないよ。もうその子は君の部屋に何度も来て、君と何度も夜を過ごしたんでしょう。
もらった紙袋の中に突っ込んだ私の赤い歯ブラシは、君の青い歯ブラシと一緒にさっきまで洗面所のコップに仲良く並んでいたのに。
洗いざらしのパジャマも、洗顔フォームもヘアスプレーも、お揃いのマグカップも全部、使い古しの紙袋の中。
私はそれをコンビニのゴミ箱に無理やり詰め込んで、振り返らずにまっすぐ駅への坂道を上った。

涙が止まらなくて、しゃくりあげて、息が切れる。
この坂はこんなにきつかったっけ。
夜に帰る時には、いつも彼が手を繋いで隣に居てくれた。
イヤフォンを片方ずつお互いの耳につけて、好きな曲を聴きながら、駅までの道のりを歩いた。
朝に帰る時には、寝起きの君にキスをして、一人でこの坂を上ったけれど、そんなに長い距離には感じなかった。
駅までの道ってこんなに遠かったっけ。

坂の途中で堪え切れなくなって、立ち止まってうずくまった。
ひどい、ひどい気分だ。電柱の陰で、私は胃の中のものを全て吐き出した。口の中が苦い。
もうきっと、誰も信じられないし、誰の事も愛せないんだな。私はくらくらする頭の中で繰り返した。
見上げた空には黄色い満月。いつもなら君と月を見上げながら歩いているはずの道。
辿り着いた駅の改札で、振り返って手を振る事もない。
人のまばらな車内で、座席に腰掛けた。人前に出ても涙が止まらないので、前のめりになって両腕で顔を隠した。
君のために伸ばした髪が、膝を覆った。

やっと辿り着いた自分の部屋で、私はひとつひとつの思い出を大きなゴミ袋に詰めて行った。
君の使っていたスリッパ。二人で写った写真。朝に弱い君のために買った目覚まし時計、緑色のバスタオル、誕生日に買ってもらった大きなくまのぬいぐるみ…
最後に、薬指にはめていた銀の指輪を外し、袋に放り込んで口を縛り、アパートのゴミ捨て場に置いた。
愛してた。愛していたもの、全部捨てた。

部屋に戻ると、そこにはもう君の面影など何も無くて、私は私だけのものを置いた部屋でしばらくぼんやりしてから、冷蔵庫の中からビールを出して飲んだ。
これも、君の好きな銘柄のビールだ…そう思うと、また涙が止まらなくなった。
絶望って、こういう状態の事を言うのだろうか。
時計の針はすでに朝四時を指していた。

突っ伏したテーブルの上には、昨日花屋で買ったばかりのラナンキュラスが柔らかい花弁を丸く広げていた。
君が私の部屋に来る時は、いつも花を飾っているんだよ。君が明日、うちにやってくると思ったから、可愛らしい花を活けたんだよ。
だけど、この花が散ったら、花を飾るのももうやめにしよう。いっそ、この花も折ってちぎって、花瓶と一緒に捨ててしまおうか。
だけど、ほんのりとオレンジがかった薄紅色のラナンキュラスは、まっすぐに茎を伸ばして私の方を向いている。
可愛い花。私がこんなに泣いていても、黙ってその色彩で私を慰める丸い柔らかい花。

愛していた。愛していた。もうなにも、だれも愛せないかもしれない。
そのくらい打ちのめされて、私はやっとの事で息をしている。
花も、無言で水を吸い上げて、蛍光灯の光を頼りに、精一杯に咲いている。

カーテンの隙間から、明るくなってきた空が見えた。
泣くのはもうこれで終わりにしよう。

何もかもなくなったと思っても、それでも私は呼吸をしていて、花瓶に活けられた花を綺麗だと素直に思えるのだから、私はまだ何かを愛せるはずだ。
意地でも何かを愛してみせる。こんな事で立ち止まってたまるか。
鏡の中の、とんでもなくひどい顔をした自分にそう言い聞かせて、深呼吸した。
空が、東雲色に染まって行った。
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[2010/03/08 07:21] | 小説―light | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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