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*あなたは生きている(non fiction)*
「宮下さん、宮下さん」…そう耳元で呼びかけながら、医師はみっちゃんの胸をとんとんと叩いた。

植物状態になったみっちゃんは、何の反応も示さずに管につながれて、病院のベッドに横たわっている。
人工呼吸器を付けた喉からはシュウシュウと音がする。その音が、あたしの胸を締め付ける。

「脳内出血なんだって。まだ若いのに…危篤だって云うから、ユウちゃん会いに行ったら?」
御柱の年、数年ぶりに故郷の友人から掛かってきた電話に、あたしは戸惑った。
みっちゃんとは、赤ん坊の頃からの付き合いだった。小学校に上がる時は、お揃いのワンピースを着て手を繋いで、まだ舗装されていない田舎道を歩いた。
放課後は学校の裏山で、春には紅梅の香りに包まれ、夏には草いきれに汗ばむ肌を寄せ、秋には椿の実を拾い、冬にはスキー板を持って遊んだ。

高校を卒業し、あたしが地元を出る前夜、まだ寒さの残る中、あたしたちは小学校の裏山で諏訪湖の周りに広がる光の群れを見降ろしながら色々な話をした。
その時に、みっちゃんがぽつりと言った言葉を、あたしは一生忘れない。
「ねぇ、ユウちゃん。遠い遠い将来、あたしが植物状態になったり危篤になったりしても、決してお見舞いには来ないでね。」

ユウちゃん。あたしの事を忘れないで。離れてもずっと友達でいよう。おばあちゃんになっても、仲良しでいよう。
だけど、一番最期だけはユウちゃんに見て欲しくないの。

「あたしも。もし、あたしがそう云う状態になったら、みっちゃんもお見舞に来ないって約束して。」
あたしはそう云って、みっちゃんの小さな手のひらを握った。

みっちゃんは真っ白なベッドの上で、目を堅く閉じたまま動かない。
あたしは本当に此処に来てよかったのだろうか。一目みっちゃんに会いたいと願ったあたしのエゴで、あたしはみっちゃんとの約束を破った。
外は、吹雪が吹き荒れていた。病院の窓ガラスを打つ大粒の雪のひとつひとつがあたしを責めているようで、みっちゃんがあたしを責めているようでなんだかとてもやるせなかった。
今年は御神渡りもまだ出ていないそうだ。

医者の問いかけにも、何の反応も示さないみっちゃん。
浅葱色の患者用の衣類を纏ったその下は胃バイパスにカテーテル、全身を管だらけにされて永らえて、それも今日明日の命だと言う。
あたしは漠然と思った。もう、みっちゃんは此処には居ない。
こうやって、身体だけを生かして、それもほんのわずかな期間の命の為に。
いつもあたしの横で笑っていた、おしゃべりで活発なみっちゃんは此処には居ない。
此処に居るのは、みっちゃんじゃない。動きもせず、勿論話す事もない。青白い顔をして、まるで知らない人のようだ。

外の吹雪はますますひどくなった。
あたしはベッドの脇に投げ出されているみっちゃんの、相変わらず小さな手に触れた。
その手はむくんでいて、冷たく、まるでロウで出来た人形のようだった。
切なくなって、あたしはみっちゃんの手を両手で握りしめ、動かないみっちゃんの耳元で呟いた。

「みっちゃん。みっちゃん。あたしだよ。ユウだよ。」
ごめんね、約束を破って会いに来たりして。

何度か呼びかけていると、みっちゃんがとても弱い力であたしの手を握り返してくれたのを感じた。
ほんの一瞬の出来事だったけれど、みっちゃんは確かにあたしの手を握り返してくれた。
彼女は何を伝えたかったのだろう。
来なくてよかったのに、か、来てくれて有難う、か。
どっちでもいい。ただ、植物状態で医者の問いかけにも反応しない彼女が見せてくれた奇跡が、あたしの胸を打った。
みっちゃんは此処に居たのだ。誰も気づかないけれど、みっちゃんの心は確かに此処にあったのだ。

日が落ちて、外は真っ暗になった。東京までの最終電車の出発時刻が迫る。
「もうすぐ帰らなきゃ。明日も仕事なんだ。みっちゃん、頑張って。生きて。」
あたしはそう云って、病室を後にした。

帰り道もずっと、みっちゃんの冷たい手があたしの手を握り返してくれた時の感覚を噛みしめながら、あたしは東京に戻った。

一時は危篤状態で、この二、三日が峠でしょう、と云われていたにもかかわらず、みっちゃんはまだ生きている。
あたしの手を握り返してくれた時のような奇跡が重なるように、あたしは今も願ってやまない。

みっちゃん、あなたは生きている。
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[2010/03/07 04:33] | 小説―light | コメント(0) |
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私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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