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*時には紡ぐ手を止めて。(non fiction)*
母が老後の楽しみとして買った紡ぎ車は今日も回り続ける。
母は通信販売で買った羊毛に縒りをかけながら、紡ぎ車のペダルを踏み続ける。
「こうしていれば、少しは気分も紛れるものよ。この紡ぎ車が来るまでは、家に居るのがつらくてつらくて仕方が無かったのだけれど、こうして毛糸を紡いでいれば少しは楽になれるから」

家がつらくて仕方が無い、というのは全て、彼女の娘・私の妹に原因がある。
数年前まで名古屋に住んでいた妹は、浪費と人格の悪さであっという間に独り暮らしの生活を破綻させた。
今は長野の母の家に居座って、一番大きな部屋をせしめて家賃も払わず、ゴミ溜めになった部屋で煙草を吹かしてパソコンに向かっているか、親の財布から抜いた金でパチンコを打っているかのどちらかだ。
恋人はいるようだが、どの男とも長続きしたためしはない。それは当たり前だ。彼女と云ったら丸で、生ごみの詰まった袋にメッキをかけているようなものだから。
本性がばれればすぐ捨てられる。それは当たり前な事なのに、彼女にとってそれは当たり前の事ではない。自分を見限った男の全てが悪い、坊主憎けりゃ袈裟まで憎し、といった具合に荒れ放題に荒れ、自分の問題なのに家族に八つ当たりし、金を無理やり毟り取ってはパチンコ台の餌にする。

「もうね、生活も限界なのよ。私もミノリ(姉)ももう追いつめられて…休日になるとあの子から逃げるように観光に出て、外食ばっかりしているから」
そう呟きながら、母は所々細かったり太かったりする毛糸の山を造って行く。
「私はね…愛してもいない人と結婚して娘を三人産んで、それでも娘たちには最大限の愛情を注いできた。そのつもり。それがどうして、こんな事になっちゃったのかしらね」
…外で車の音が聞こえると、あの子が帰ってきたんじゃないかしらって心臓がばくばくと鳴るの。あら、いけない。心が動揺すると、糸を縒る事が出来なくなってしまう。
そう云って母は、目頭に溜まった涙を押さえた。あたしは新築の家に取り付けられた薪ストーブの炎を見つめながら、黙ってそれを聞いていた。
「ミノリの障害者年金も積み立てていたものも全部あの子に持って行かれた。家庭裁判所から通達も来ているし、家に居れば借金の督促電話が何度もかかってくる。もうこれ以上は出せないから、持っている財産全てをこの小さな家に変えてしまったの。もう一銭も持って行かれないように…」

「だから云ってるじゃない。法的に縁を切って追い出せって。もう一年以上も、あたしはお母さんにそう云ってきたはずだよ。それなのに…」
「だって、どんな娘だって自分の娘よ。捨てる事なんて出来るわけ無いじゃない。それに…」
…それにあの子だって、いつかはユウのように立ち直ってくれるかもしれないし…
「そんなの淡い幻想だよ。あたしだって自分の力だけで立ち直れたんじゃない。周りに『育て直し』をしてくれるような人に恵まれた、ただのラッキーな人間ってだけだよ。残念だけど、あの子が自分の性格や性質を変える日なんて、此処にいさせて甘えさせている限り死ぬまで来ないよ」
あたしは嘗て、もう他界した父親に受けた仕打ちのトラウマからひどい精神状態に陥り、一時期は廃人のようになっていた。
けれど、周囲の支えと自分の負けん気で踏みとどまって、此処まで戻って来られたのだ。

妹に関しては言わずもがな、ゴミに埋もれても平気で新しい服をカードで買って即日ゴミにしてしまうような性格。
六十を過ぎた母親が介護ヘルパーをして、人々のシモの世話をして稼いだ金を平気で毟り取って行くような性格。
たまに来るメールは、さもさも自分が苦しんでいて、本当は自分が正しく真人間なのに周囲が悪いだの、起きた事に対する言い訳などが原稿用紙にして十枚くらいの長文で送られてくる。
自分を正当化するための手段に、あたしを使おうとしているのだ。自分の送ったメールの内容を、何時も何でも『お姉ちゃん、難しい事わかんな~い』とはぐらかすあたしに信じ込ませようと必死なのだ。
彼女にとっては自分が正義。だから、小言を云ってくる親など邪魔なだけで、金さえ引き出せて寝る場所を与えてくれるなら何処にだって寄生する人間。
小賢しいようだけれど、頭は悪い。あたしにそんな嘘八百のメールを送ってきて、それを見抜く目が無いとでもおもっているのだろうか。
上から金粉を塗りたくっても所詮中は生ごみの詰まった袋、臭いを嗅げばすぐわかる。

「いつか、お母さんが居なくなる時に…一番酷い目に遭うのはミノリ姉ちゃんだよ。障害者年金あてにされて、とっかえひっかえロクデナシの男連れ込んで、せっかく建てたこの家を荒らされて、最終的には施設に入れられるだろうね…そこはわかってるよね」
「……わかってる。だから、あんたたち夫婦はミノリの後見人に、あの子には私が死んだら即刻家を出て貰うように、遺言状もきちんと用意したわ」
紡ぎ車はからからと音を立てながら回り続ける。
あたしは薪ストーブの炎が揺らめく様に見入りながら、考える。口には出さないけれど。
―――そりゃ、死んだ後の事をそうやって丸投げにするのは楽だよね。だけど、お母さんは死んでもう楽になれるんだから後の事は任せたなんて我儘にもほどがあるよ…

「今追い出さなかったら、お母さんは一生こうしてあの子に怯え続けなきゃならないんだよ。追い出す、っていう云い方が悪いのなら、自活してもらう、といい換えてもいい。とにかくこの家にこれ以上居させちゃだめだよ」
「そうね。私もそう思うわ。だけど、自分の子どもを捨てる事なんてとても出来ない…」
毛糸の玉がまたひとつ、卓上に積み上がる。

「お母さん、その毛糸、編む予定が無いならあたしに頂戴。ざっくり編んでベストにするから」
あたしがそう云うと、母はしわとシミが目立つようになった手で紡ぎ車に糸をかけながら、全部あげるから持っていっていいわよ、と云う。
表で車の音がする。母親の表情が強張るのがわかる。
「……ああ、お隣の車だったわ…」
安堵の色を浮かべた母は、また紡ぎ車のペダルを踏み始める。今度の羊毛は藤色だ。

ねぇお母さん、糸を紡ぐのを止めてよ。ちゃんと現実を見て頂戴。
そうやって自分の趣味に没頭する事で心の均衡を保とうとするのは良い事かもしれない。けれど、現実問題は何も解決しないんだよ。
積み上がった不揃いな毛糸玉など何にもならないのに、編もうと云う気も起こしていないくせに、こうやっていたずらに積み上げるだけ積み上げて、紡いで、紡いで、紡いで…それがいったい、何になるの?

「いいよ。お母さんがそこまで摩耗していてもあの子を見捨てられないなら、あの子にウチに来てもらう。東京で生活してもらう。それ以外に、お母さんとミノリ姉ちゃんが救われる道なんてないでしょ?」
「それは駄目よ!ユウには一番苦労をさせてきたと思っているのに、これ以上無理強いなんて出来るはず無いじゃない。気持ちだけで充分、ありがとうね」

でもねお母さん、それじゃ何にも解決しないんだよ。
時には幾ら過酷でも、現実と向き合って賽を振らなきゃならない事がある。
そんな現実を遮断するように、母は一心不乱に紡ぎ車を回し続ける。丸で、止めてしまったらこの世の終わりが訪れる、と云わんばかりに。
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[2010/02/25 00:35] | 小説―midium | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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