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*イグアナの寓話*
シンクの前に立ち、オレンジを二つに割ると、つんとした甘い香りがキッチンに広がった。
この調理台は、背の高い私にはちょっと低すぎて、私は包丁を握る時いつも手を切らないように注意する。
耳に差し込んだイヤフォンからは少し古い洋楽が流れていて、私はメロディを口ずさみながらオレンジを切り分け、皮を剥いて行く。
足元にはイグアナが、長い爪を床に突き立てるようにしてじっと私を見ている。オレンジを食べたがっているのだ。
私は剥いたオレンジを一切れ、イグアナの口元に持って行ってやる。イグアナは真っ赤な口を開けて、一口でそれを平らげた。
抱き上げても、イグアナのざらざらとした皮膚の感触は気持ちの良いものではないし、長く硬い爪も髪に絡んでしまう。瞳には愛嬌の欠片も無い。

そんなイグアナと私がどうして同居しているかと云うと、お互いの利害の一致に過ぎない。
会話をしなくてもいい。勿論、セックスだってしなくていい。お金の貸し借りも無いし、人間と棲む煩わしさを感じずに済む。
体温も必要無い。慰めも、励ましも何も与える事は無い。こうして野菜の切れ端や果物を口に運んでやるだけ。
そして私は、八十センチもあるイグアナの悠々とした姿に見惚れる事を愉しみとしている。

夕暮れが迫り、空が橙色に染まった。
私は白いソファに座り、うなじにイグアナの冷たい皮膚の感触を覚えながら、ゆっくりとオレンジを口に運び、紅茶を啜る。
独りで過ごす時間は寂しい。けれど、家の中に動くものが何かあれば、今日も生きていけると云う気持ちになるのだ。

イグアナは、最初他の人間に飼われていた。そのイグアナがうちにやってきた時、飼い主は精神病院に入院する所だった。
大切に想っていた人を亡くしたのだ。その痛みを私は知らないけれど、亡くして一年も経つのにどうしても立ち直れずに、処方薬に溺れ、自分の生きる意思を失いかけた彼女は私にイグアナを託して、山梨県の精神病院へと旅立った。

私には、大切な人を亡くすと云う事がどれほどの事なのか見当もつかないし、酷い事を云えば、入院なんて大げさにもほどがある、と、思う。
失恋した事は山ほどあるけれど、そんなに痛みは感じなかった。
祖父、父、同級生が他界した時も、涙の一粒もこぼれなかった。
私は、このイグアナの皮膚のように冷たい人間なのかもしれない。
或いは、この私は本当は愛情深く、愛に飢えるあまり、拒食症の患者のように愛を拒むようになってしまったのかもしれない。

イグアナは爬虫類らしく、飼い主との別れに動じることも無く、餌を与えてくれる私に都合の良い時だけ寄ってくる。
イグアナがうちに来た当初、私は恋人と別れてこのマンションに引っ越してきたばかりだった。
やっぱり、利害関係は一致するものなのだ。イグアナは餌を貰えればそれでいいし、私は私に無関心な動物が部屋に居る事で安堵する。

ソファの背からするすると降りてきたイグアナが、オレンジを盛った皿に恐竜のような顔を近付ける。
舌を出したり仕舞ったりしながら、オレンジが欲しいという仕草をする。
私はオレンジをつまんでイグアナの口元へ運んでやる。
こうして、日が暮れて行く。冷たい夜がやってくる。
空になったオレンジの皿を舐めているイグアナの背中にそっと手を述べてみたけれど、ちくちくとする鬣のような鱗に阻まれただけだった。

オレンジ色の夕日が沈む。私たちは、利害の一致という理由だけで、一緒に暮らしている。
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[2010/02/14 00:07] | 小説―light | コメント(0) |
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私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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