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*白百合*
花菱や、花菱やと可愛がってくれた姉女郎はあの世に行ってしまった。
一葉の文が届き、肩を落とした廊主は、わたしに一言、
「常盤が、死んだそうだよ。あの妓はいい妓だった。芯が強くて優しくて・・・」
そう言って、目尻に溜まった涙を乱暴に親指ではねのけて鼻を啜った。

仲見世通りを桜吹雪が舞っていた。
あたしは姐さんの間夫である聡次郎様にどう告げよう、何としよう、と考えあぐねながら道を行く。
とりあえず、文を書こう。姐さんが居なくなってから、そうさまは一度も吉原へは来ていないのだから、大門から出られないこの身としては、ただ文使いを遣るしかない。

夜、冴え冴えと輝く満月を眺めながら思う。
夕刻帰ってきた文使いは、確かにお渡ししやした、と言っていた。
今頃、そうさまはどうしているだろうか。
あんなにも相思相愛だった二人が、たとえ沿い遂げられなくても幸せそうだった二人が、こんなにも早く死別する事になるなんて。


姐さんが伊豆に行く前の事を思い出す。
「姐さん、そうさまがいらっしましたけど・・・」
「・・・お帰りなんし、とお伝え。うつしてしまうとといけないから・・・」
「そうお断りしゃんした。でもそうさまはお帰りになりません。姐さん、具合はいかがでありんすか」
「仕様のないひと。・・・今、身支度を整えますから、あがってもらいなんし」

布団の畳まれた座敷にそうさまを招き入れ、私は棚から茶を出して火鉢の上の鉄瓶から湯を注いだ。
「常盤、身体の具合はどうだ」
「おかげさまで、これ、この通り。髪は結えずとも見世に出られずとも命はございますよ」
私が差し出した茶をそうさまは啜りながら、そうか、と溜息をついた。
「これ、花菱、お茶菓子はありんすか」
姐女郎は具合の良いときはお茶を引く毎日で、私は、あい、と答えて姐の作った茶菓子を出した。
「では、わっちはこれで。そうさま、ごゆっくり」
私は座敷を出て、障子を閉めた。

「お前の具合が好くない事はわかっているよ。此処にいても大丈夫なのか?医者には診てもらっているのか?」
「あい。五日に一度はお医者様に診てもらっております。郭の皆もほんに好くして下さって・・・」
「そうじゃない。治るかどうかと聞いているんだ。この腕も、随分細くなってしまった」
常盤は俯き、そっと手を振り解いた。
「・・・実は、この病を治すお薬はないと言われんした。空気の良い、静かな所で養生するようにと」
「・・・・・・そうか。儂も一緒に行けたならなぁ。大門を出たら、文の一つも寄越しなさい。門下生には休みと言うことにして、儂はお前に会いに行くから」
「お気持ちだけで、嬉しゅうござんす。ほんに・・・なれど、それはなりませぬ。道場を継いだのですから、あなた様はお仕事に精を出さねばなりませぬ。奥様にも申し訳が立ちませぬ。」
常盤はそう言って、彼の湯呑みに茶を継ぎ足した。

彼女は、聡次郎が初めて吉原を訪れた時の事を懐かしそうに話し始めた。
「・・・そうだったなぁ。仲間に連れられて松葉屋へ入ったはいいものの、突然階段を下ってきたのがお前だったからなぁ・・・」
「ふふ、そうさまはまるで化け物を見たように暖簾の外に飛び出してしまって。」
「否、これほど綺麗な女を見たのは初めてだったからだ。もうあのときの話はするな」
「あれ、耳まで赤くなってしまって。・・・あの頃とは、わっちも随分変わりんした。こんなにこけた頬はもう幾ら白粉を塗っても誤魔化しなどききゃせん。わっちの時代はこれまで。これからは、花菱が松の位にあがるでしょう」
「お前はそれでいいのか。お前に借金をして、お前が育てた新造が花魁になるとは悔しくはないのか」
「それは、見世の事を考えれば、少しは口惜しゅうございますけれど、あの子もわっちが育てた子。愛しいに代わりはござんせん。」
そう言って白い歯を見せて笑う常盤を、聡次郎は万感の思いで見つめていた。

この汚れた世界で、京の武家から堕ち、売られ、男浸り酒浸りの日々もあっただろう。
花魁と呼ばれるまでに、どれだけの苦労を強いられてきたのか想像にも及ばない。
それでも、常盤は無垢で、色にたとえるなら雪のような白さだ。
「お前はどんな花にも喩えがたいが、強いて言うなれば白百合だな。真っ直ぐで、香りも良くて・・・そして長く保つ。長生きしてくれよ。・・・身請けの話は風の噂に聞いているが、儂はお前が生きて笑っていてくれるならそれで良いのだから。」
いえ、と常盤は頭を振った。下ろしている長い濡羽玉の髪がさらさらと音を立てた。
「わっちは・・・いえ、わたしは、聡次郎様とご一緒に居させて貰える時だけを、自分の生きている時間だと思っております。喩え、病が治って身請け話がまとまっても、聡次郎様のお傍に居る時だけ咲く花でございます。」

障子が少し空き、五つ六つの禿が顔をひょいと出す。
「姐さま、そろそろおいとまいただかないと・・・」
常盤は潤んだ目で聡次郎の顔を見て、もの悲しげに微笑んだ。
「そうだ、そうだな。すっかり邪魔をしてしまった。これ禿、菓子をやるからみなで分けて食べなさい。儂はもう帰るから」
袂から砂糖菓子を出して禿にやると、禿は子供らしく嬉しそうに飛び跳ねて、廊下の奥へ走っていった。
「主さんの、そんな気っ風が愛しうござんす。さ、お帰りなんし。外は冷えます、どうぞお気をつけて・・・」


姐さんが居なくなり、松の位になったあたしは名を遠野と変えて、八文字を踏むこととなった。
そうさまからは、相分かった、とのお返事を頂き、その震えた文字を見た時、胸の奥が締め付けられる気がした。
今宵も、吉原の夜は更けていく。
ただ、常盤さん姐さんと、そうさまの姿だけが、どこにもない。
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[2010/01/10 23:09] | 小説―light | コメント(2) |
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2010/01/11 00:38] | # [ 編集 ]
>ケロヨンさん
たまにはオープンにコメントくださいね(笑)
いつも読んでいただいてありがとうございます☆*”
[2010/01/11 11:51] URL | 百瀬 遊 #- [ 編集 ]
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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