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*Mobscene 1*
冷蔵庫の中の卵が一つ、割れていた。
白身が垂れて、冷蔵庫の中がべたべたになってしまった。
あたしはティッシュペーパーで割れた卵をくるんでゴミ箱に捨てた。
人間に食べられなかった無精卵は、煙草の吸い殻や借金の督促状と一緒くたになり、今夜ゴミ捨て場に捨てられる。

無精卵と言うだけで、食べられる以外は何の存在意義も価値も無い。
あたしみたいだ。孕まない子宮から毎月繰り返される排卵が疎ましく、いっそ孕んで小子化社会に貢献してみたい。

卵はいい。食べられるだけ人様のお役に立ってる。
あたしと言えば、ただの屑も同然だ。

だらしない部屋着姿の女に自分の白身を拭き取られながら、
卵は思った。―――自分のアイデンティティの謎がいつまでも解けない。

冷蔵庫の中を水拭きする女は、もともとちょっと頭がおかしい。脳障害とかそういうのではなく、生まれつき、悪を許して正義に唾を吐くような、人を殺しても良心の可責をまるで感じないような、どこかネジのゆるんだ人間だった。
それに引き替え、彼女の知るとある女は初雪よりも白く儚く純粋だった。
その純粋さ故に狂ってしまった彼女は、ブログだけ遺して泡のように消えてしまった。

狂ってしまった女が遺したブログは、まるで彼女の墓標のように時を止め、これから先も、ウェブの中に在り続ける。
何だか不思議だ。もう彼女は何処にもいないのに。

あたしは最後の日付の日記を眺める。淡々と、短い文章が数行綴られていて、それは彼女の独り言に過ぎず、何の感情も読み取れない。元々ものを書くのが苦手なようだった。
ブログに載せた写真も、何が撮りたいのだかよく分からない、偶然撮れたような一枚。昼日中、雑踏を行き過ぎる人波とその上を横切る高速道路。

彼女は去年のクリスマスに死んだ。彼女の事を『狂ってしまった女』と書いたが、彼女自身は不安定ながらも正気を保っていた。
狂ってしまったのは彼女の生活と人生で、それは周囲の影響に他ならず、それは彼女の細い体をじわじわと蝕み、壊して行った。

『あたしはこんな所で終わるつもりは無いよ。またちゃんとメンバー探して、今度こそバンドで食って行けるようになるんだ』
薄い安サテンのガウンの前をかき合わせながら、彼女―――蘭はそう言っていた。
誰にも相手にされない寂しい男の体を慰める仕事。
幾ら自分の体を洗っても歯を磨いても、鼻の奥に腐った水の臭いが染みついた毎日を送る中で、大抵の女たちは狂って行く。
否、こんな底辺で平気な顔をして笑い合えると言う事自体、もう正常な神経であるとは言えない。

ある女は両腕にカッティングの痕がびっしりと並んでいて、またある女はいつもぐずぐずと鼻をすすりながら、間仕切りの陰で白い粉を吸う。
『クスリ入れなきゃ、やってらんねぇよ、こんな仕事』
彼女はそう言って、赤剥けて血のにじんだ鼻の下を人差し指で擦った。

あたしが何故こんな場所にいるか、その答えはひどく単純だ。買い物依存から抜け出せなくなり、複数の金融会社に数百万単位の借金をし、それでも欲望は際限なくあたしを買い物へと走らせ、挙句、月賦の支払いも無視してあらゆるがらくたを買いあさる。
そんな悪循環の中で、私は自分自身を商品にする事に決めた。それは、実に単純且つ簡単な選択だった。
ここで働く女たちのほぼ全員が同じような事情を持つ。

精神疾患者の巣窟の中で、蘭だけが浮いていた。まるで高校の部室で他愛ないお喋りをするような無邪気さで、女たちと話し、指名がかかれば、
『んっ稼いできまぅす!』
と笑顔で二階に上がって行った。
そんな彼女が何故こんな場所にいるのか、こういう性格だからこそこんな仕事に勤めるのか、皆が不思議に思っていた。
怒鳴り散らしてばかりいる元締めのやくざも、蘭に関しては手のひらを返したように優しかった。
それは、彼女が上玉で、店の大切な稼ぎ頭であると共に、今なお健全な精神でもって客を取っているからだ。
まともな会話もせず、処理する事を終えたらさっさと席を立つ女たちとは違い、時間ぎりぎりまで上手に世間話をして客をリピーターにする。
事実、このハコに集まる客の半分は指名料を支払って相手を蘭に望んだ。

『彼氏に売られたの~。ほんとに』
開店前、蘭は煙草をふかしながらそう言って笑った。
『彼氏ね、プッシャーやってて。地元のヤーサンにシマで内緒でやってたのがバレて、半殺しにされて指まで切られちゃったんだよね』
今時、指詰めだよ、指詰め!蘭は声を立てて笑った。少しも自嘲的ではなかったのがやけに心に引っ掛かる。
普通はもっと泣いたり怒ったりするはずなのに、彼女は底抜けに明るかった。
『それでねー、彼氏、ウケるんだけど、去勢されそンなって。アソコ切らないかわりに女渡すからって命乞いして』
で、あたしの事マワさせてビデオ撮らせて、ここに売ったってワケ。
彼氏と?今も続いてるよ。一緒に住んでるもん。

『あんたそんな鬼畜とよく暮らせンね』
肌がシャブ焼けで青黒くなった女が横槍を入れる。蘭はちょっと考え、白桃のような頬を少し膨らませて、
『だってあたしには彼氏しか頼る人いないし。彼氏だってそう。最後の切札があたし、って結構幸せじゃない』
と言った。
『この店で誰が一番イカれてるか、よくわかったよ』
シャブ中の女は嘲るように笑って、水気の無い傷んだ金髪を背に払った。

フロアに置かれた古びた赤い別珍のソファはそんな女たちの会話を聞きながら、ここへやって来る前にいた、華々しい世界を懐かしむ。
バーレスク・アーティスト達がコルセットに身を包み、シルクハットを一斉に投げて、ポールに体を絡める情景を。
ブラボーと言う歓声と沸き起こる拍手や冷やかしを。
ソファの背飾りは真鍮で精緻な模様を描き、毎日開店前にはボーイの手で丁寧に磨かれていた。
このような場所に運び込まれるとは、露ほどにも思っていなかった。
日本という島国の、場末の精液処理場で、ジッパーを下ろした男が自分の擦りきれた布にふんぞり返り、ほとんど裸同然の女がその上に顔を被せる。
―――見たくもない世界。
―――感じたくもない世界。
このハコで唯一正気と言えるのは、他でも無い、物は言わずとも世を知った、このソファだけだった。

(続く)
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[2009/12/25 20:32] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
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私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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