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*吉原との別離*
『そうさまにお会いしとうござりんす…』
籠に乗り込む前に、常盤はあたしだけに聴こえるように、切ない小声で呟いた。

姐は籠に乗り、大門を出て行く。
お大尽に身請けをされて大門から娑婆へ出るのは目出度い事だけれど、姐女郎はこんこんと咳き込みながら、痩せた体を籠に預けている。

肺病に冒された体は力無く、着物を重ねると潰れてしまいそうに非力だった。
『鳥屋につくならまだしも、肺病とは。ゆっくり養生するんだよ。大黒屋さんがお前の面倒は全て見てくれるからの。治ったら、御恩返しにお内儀としてよく尽くすのだよ』
籠に乗り込む常盤に、総名主はそう言って聞かせ、常盤は力無くうなづいた。
『病でも何でもいいよ、この苦界から娑婆へ出られるなら。』
花里はそう呟いた。

『花魁、何処へ行くの』
『遠い所でござんすよ。辛抱しなんせ。すぐに帰って参りますからね』
いやじゃ、行かんで、と泣きながら袖に取り付く禿たちの小さな指先を、白い指先でそっとほどいて、常盤は態と優しい笑みを浮かべた。


大門から去り行く籠を見送った廊主が、
『これで松の位がおらんようになった。番付には必要な位だ。…さて、花菱、お前に役が務まるかい』
と刻みを煙管に詰めながら言う。
『…わっちでほんに良いのでありんすか。雛菊さんや白露さんが相応しいと、わっちは考えておりんす。何より、常盤姐さんの代わりが務まる身ではござんせんし…』

まぁ、明後日までには考えておいてくれ。そう言って廊主は煙管をくゆらせながら、見世に戻って行った。

楼廓に戻り、煙管盆の引き出しを開けると、そこには手紙が入っていた。

―――花菱さま
  此の度はまことにご苦労をおかけし、謝る言葉もござりんせん。
 花菱には、わっちが床についた時から色々お世話になりんした。
 毎朝、花菱が座敷へ持ってきて下さる粥はほんに有難い事でござんした。
 病の移りに怖じけず、血を拭い体を拭い、ほんに有難い事、お世話になりんした。

 こうして文を残すのは、もう戻られぬ身とみずから知っているからでござんす。
 自分の事は、自分が一番良く分かりんす。こうなると覚悟ももう決まって参りんした。

 気掛かりな事柄は多々ござりんすが、わっちの我儘だけを記すのであれば、そうさまの事、そうさまの事のみでありんす。
 そうさまはわっちの病を知ってから、世の噂も気にせず暇が出来ればわっちの座敷においでになりんした。
 高橋道場の跡取り婿が、吉原の遊女なんぞに入れ上げている様は、事の次第を知らぬ世間からはきっと白い目で見られんしょう。奥方にも申し訳なく思います。

 それでも、そうさまは世間の目も気にせず、病んだわっちを労い労り、ほんに優しうござりんした。
 御酒もたしなまず、体に悪いから、と猪口を隅にやって、いつも代わりに抹茶を立てて下さいました。
 わっちがこうして吉原を出れば、もうこれ以上、高橋道場の名に傷がつく事もありんせん。

 わっちが肺病に患ったのは、神仏のお思し召しだったのでござりんしょう。
 大黒屋様にお世話になり、伊豆国へと参ります。
 もう二度と、そうさまにお目にかかる事はござんせん。これで良いのでありんしょう。

 最後に、次にそうさまにお会いする事がござりんしたら、常盤はあなた様に頂いた大切な櫛一ツだけ持って行きんした、とお伝え下しゃんせ。

 花菱、お前はきっと良い花魁になりんす。この先も、精進しなんせ。
 勝手な願いながら、禿たちをよろしうお頼申し上げます。

 そうさまに、よしなに、よしなにお伝え下しゃんせ。

 さて、おさらば、でありんす。花菱さま、いつまでもお元気で。

―――常盤

あたしの頬に涙が伝い、真白な和紙に滲んだ。
『花菱、お前は泣き虫でありんすね…。見世出しの年頃になりんしても、泣き虫の儘では化粧が駄目になると遣り手に叱られんすよ。』
遠い日、あたしが禿であった頃、引き込み仕込みの厳しさにいつも泣いてばかりいたあたしに、姐はそう諭した。
そして、鶯色の絹小切れであたしの頬を拭き、それを手渡して、
『ほれ、お笑いなんし。笑っていれば、女郎だからこそ掴める幸運もありんすよ』
と、綺麗な白い歯を見せて笑った。

今生の別れ。左様なら。あたしは箪笥の奥に大切にしまっておいた小切れを取り出し、涙を拭った。
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[2009/12/24 21:23] | 小説―light | コメント(1) |
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[2009/12/25 00:00] | # [ 編集 ]
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私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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