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*萩*
夢を見た。


あたしはまた江戸時代の吉原にいて、同じ事を繰り返す毎日を過ごしていた。
留袖新造の花里と共に姉の遣いへ出て、三味線の弦を買って帰る私たちの足元に、赤い落ち葉がからからと音を立てて風に吹かれていった。
あたしは振袖、花里は留袖、花里は突き出しも無く客を取り、あたしは年明けに突き出しが決まっている。
花里は仮にも器量良しとは言えず、愛嬌も無い。
そんな花里も、あたしの事も、分け隔てなく世話してくれた姐女郎の常盤は見世の松の位で、禿を含めて片手の指に数え切れぬほどの女郎の世話をしているお人好しだ。

『この間さァ、常盤姐さんの馴染みが浮気をしたじゃあないか。何だって姐さんは許したのかねぇ。』
花里が着物の襟をかきながら、洟を啜る。
『…さぁ、わかりゃんせん。けど、姐さんは優しいから、浮気の一ツや二ツで怒るような人ではござんせんし…』
この間、常盤姐さんの馴染みが酒の勢いに任せて留袖新造に手をつけた時、常盤姐さんは剃刀を持ち出すでもなし、責め詰る事もなし、ただ建前として、座敷の酒の席で、禿たちに客の顔に墨で落書きをさせる、といった一番軽い仕置きで済ませてしまった。

『あんた、座敷のほかに廓言葉を使うのは嫌味だねぇ。そりゃあたしに対する当てつけかい。』
『そんな事ありゃんせん。ただ、わっちは座敷の外でも廓言葉を使うよう、姐さんからもよくよく言いつけられ…』
『あァ、そうだね、これから立派な突き出しをして先は花魁と見ゆるあんただもんね。…おや、其処な道端にその姐さんの間夫がいらっさるじゃあないかい。』
花里が顎で指した先には、腰に二本の刀を差し、編み傘を目深に被った黒袴の男が、ぼんやりと煙管を燻らせながら楼閣の上を眺めていた。

『あれ、鼻緒が切れんした、お先に御帰りなんし』
あたしはそう言って、花里を先に見世に入らせようとした。
花里は通りすがり、その男の顔をまじまじと覗き込むようにして通り過ぎ、柿色の暖簾をかきわけた。
あたしは花里が見世に入るのを見届けて、男にそれとなく近寄る。
『常盤さん姐さんに、何かお託はござりんすか』
小声でそう尋ねると、男は頭を振り、萩を一枝あたしに手渡して、是を常盤に、と言った。

『姐さん、只今戻りんした。…経った今、下で、そうさまがこれを姐さんにと』
あたしが萩の枝を常盤に渡すと、鏡台へ向かって化粧を直していた常盤は、飛び上がるように立ち上がり、薬指についた紅も拭わずに障子をあけ、外へ身を乗り出した。

打掛も羽織らず木枯らしに吹かれながら、何も言わず、胸元に萩の枝を大切に抱いて、微笑んで下を向いている姐女郎は幸せそうだが、どこか悲しそうで、あたしはそっと座敷を出ようとした。
『…花菱、ちょっと待っておくんなんし。今すぐそうさまに届けて欲しいものがおざりんす。』
そう言って、常盤は引き出しを開けて紙を取り出し、細い筆ですらすらと短い詩のような事を綴り、ふっふっと息を吹きかけて墨を乾かし、結び文のように折り畳んだ。
『若衆や遣り手に見つからぬよう、上手くしなんせ。いつもながら、お手間をお頼申しますよ。』

あたしは階下へ降り、下駄を突っかけて、通り向こうの枯れた柳の下で相変わらず煙管を吹かしながら楼閣を見上げている男の前を通り過ぎるふりをして、すっ、と結び文を手渡す。
軽く会釈をし、寒さに身震いしながら廓の入り口に戻ろうとすると、ちょうど花屋が桶いっぱいに秋の花を詰めて裏へ入って行くのが見えた。
ふと振り返ると、男は文を広げて読んでいた。目深にかぶった傘のせいで表情はあまり見えないが、それでも口元は少し上がっているように見えた。

その晩、姐の座敷では、大瓶に活けられたススキや大菊が目を引いた。
ただ、その甕の淵には、見えるか見えないか、艶やかに活けられた大輪の花たちに隠れて、ひっそりと一輪の萩が柔らかい弧を描いていた。

その時、あたしは恋とはどんなものなのか、全く知らなかった。
それを知っている姐を、羨ましく思った。


現代に於いても、あたしは本当に恋すると言う事を知らない。
誰かに恋い焦がれた事も無いし、愛し愛された事も無い。

そんな事すら、夢の中でも知りえないなんて、少し寂しい気がした。
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[2009/12/21 01:03] | 小説―light | コメント(2) |
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コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
[2009/12/21 19:14] | # [ 編集 ]
あいすみません(笑)。
[2009/12/22 22:59] URL | 百瀬 遊 #- [ 編集 ]
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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