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*新月*
みずのなか

 ひとは産まれる前に、ゆったりと羊水の中を漂っている。
 たいていは、たった一人で水の中を漂っているのに、孤独を感じることはない。
 ひとはどうして孤独を感じるのだろう。そしてそれを、悲しいことや苦しいことだと言うのだろう。
 産まれて、空気を知って、その空気の中でひとと関わり、孤独を知る。
 まるで、空気に溺れるように。

 何も知らない方が良かったのかもしれない。
 生まれてきたこと自体が、そもそもの間違いだったのかもしれない。
 わたしという存在は、あまりにも儚くて脆くて、そして孤独だ。
 極論を言えば、わたしだけではなく、この世に住まう人々の全てが、生まれてから死ぬまでを孤独のうちに過ごす。
 誰かとどんなに愛し合っているようでも、関わりがあっても、独りでいる事に変わりはないのだ。
 ひとと関わり合う事なんて、一時の慰めにしかすぎないのに、わたしがそれを求めてしまうのはなぜだろう。


 「ねぇ、わたし、寂しいよ。」
 裸のままベッドにうつぶせて、わたしはそう呟いた。
 「何が寂しいの?こんなに近くに、ちゃんと居るじゃない。」
 「君が近くにいても、わたしのなかに入っていても、わたしは寂しいの。」
 だって、わたしはわたし、あなたはあなただから。融合して同じ生物になり、一つの脳を共有することなど出来ないのだから。
 「何を言っているのか分からないよ」
 「わからなくていい。…きっと、口で説明しても分かりっこないから。」
 わたしはそう言って起き上がり、シャワーを浴びに浴室へ向かった。
 
 山手通りを抜けて、原宿方面へと独りで歩く。
 さっきまで一緒にいた男は、明日は試験があると言って帰ってしまった。
 わたしにも当然、帰る家はあるけれど、出来るだけ表に居たかった。
 誰かの人影が見えるから。車が走っていて、街は動いているから。公園を照らす蛍光灯も、その辺りに屯する高校生らしい集団も、わたしの事は気にも留めない。
 けれど、誰もいない部屋で空気に溺れているよりはきっとましな夜の過ごし方なのだと思う。

 七月に大学をやめて、以来自由気儘なフリーター生活に入ったわたしは、昼夜逆転の生活を送っている。日が沈む頃に目を覚まし、空が白む頃に眠りに落ちる。
 昼間は確かに賑やかだ。だけどひとが多すぎて、逆にその人波に窒息しそうになる。

 目の前を、野良猫が早足で横切って行く。
 野良猫は自由だし、ひとに飼われた経験なんて無いから、孤独の虚しさなんて感情はきっと持ち合わせていないのだろう。
 わたしは煙草に火を点けて、三口ばかり吸ってからアスファルトに吸いさしの煙草を叩きつけた。
 どうしようもない苛立ちが腹の底からこみあげてきて、何もかもが忌々しく思えた。
 夜中を過ぎても灯りを点けたままのショウウィンドウ、車もまばらな大通りに虚しく点滅する信号機、纏足された街路樹、汚れた網を被せられた業務用のゴミ袋。
 わたしひとり消えたって、何事も変わらない世界。
 人の数だけある「己の世界」に於いても、何事も変わらない。

 行きつけのクラブで、カウンターバーに腰かけ、濃いめのハイボールを頼む。
 ダンスフロアでは七色の光が飛び散って、踊る人々の影が時々歓声を上げる。
 わたしはその中に混ざれない。
 慣れ慣れしく笑ってその中に飛び込むのは簡単だ。だけどその後、どうしたらいいのか分からない。
 踊っていても、音に身をまかせても、わたしは独りだ。

 携帯電話にメールが着信する。相手はさっきまでわたしの中に入っていた男で、また来週会おう、といった内容だった。
 わたしはそんなに彼の事が好きじゃない。目の前で殺されても眉一つ動かさないかもしれない。
 彼はわたしの事を好きだと言う。愛していると言う。何があっても全力で守り通したいと言う。今日も、ずっと一緒にいようね、と言っていた。
 わたしは、もう会いたくない、とだけ返信し、携帯電話の電源を切る。甘い夢なら、他の女と見ればいい。
 ほら、世界が一個こわれた。彼はちょっとだけ孤独にさいなまれる日々を送るだろう。

 グラスに酒が無くなったので、もう一度ハイボールを注文する。
 空気に溺れる前に、酔い潰れてしまいたかった。
 隣に座っている、白人の男が声を掛けてくる。多分、四十歳くらい、テンガロンハットを被った青い眼の、痩せた男。少し伸びた髪も、髭も茶色で、眼鏡をかけている。
 「ヒトリ、ですか?」
 わたしは頷いて、煙草の箱に手を伸ばし、一本取りだした。男は、その煙草をくわえたわたしにジッポの火を差し出した。
 「なにか、怒っていますか?」
 「…怒っているように見える?」
 わたしが英語で返すと、男は安心したような笑みを浮かべて、それからこう返した。
 「店に入ってきた時から、君の周りに怒りの感情が見えたよ。他の人にはただクールな女の子にしか見えなかっただろうけど。」
 「気付かなかった。でもわたし、確かに怒っているのかもしれない。寂しさは感じていたけれど、怒っているのは分からなかった。」
 男は、ふむ、と言ってわたしの目をじっと見つめた。それから、ちょっと上を向いて、とわたしの顎を上げさせ、ライトの下でじっと眼を覗き込んだ。
 「日本人にも、イヴル・アイが居るんだね。初めて会ったよ。」
 「イヴル・アイって?」
 「イヴル・アイは悪魔の目、って意味。オッド・アイと同じ。でも気を悪くしないで、それは特殊な能力や感性を持っていると言う事だから。昔はそういう特別な人々を、悪魔と呼んだんだ。」
 そして黙り、自分のグラスに注がれた酒をぐっと飲んだ。
 わたしの両眼は、左右の色が違う。少し見ただけでは、アジア人に多い濃茶色の目をしているが、写真のフラッシュに反応したり、紫のカラーコンタクトを入れると色の違いがはっきり出る。右が赤、左が青の眼をしているのだ。

 「…君は、世界をどう思う?」
 男は酒を飲みながら、わたしのほうを向かずに話しかけた。
 「世界って、どんな世界?全体って事?それとも個々の?」
 「世界は、世界さ。」
 「どう思う、って、嫌いよ。」
 「壊したい、と思っているだろう。」
 男は私に向き直り、その青い目でわたしの目を見据えた。
 「思ってるよ。いつも、壊れればいい、壊したい、と思ってる。そしたら孤独も何も関係なくなるから。」
 吐き捨てるようにそう言ったわたしをじっと見つめながら、男は話を続けた。

 「そう。イヴル・アイの種族は一様に破壊神だ。世界を壊したいという衝動に駆られて生きる。」
 その衝動を抑え込んで一生自分の内で戦い続けて、終に病み、短命に終わるものも多い。実行に移して、殺されていったものも多い。シャーマンとして生きる事で、折り合いを点けて行った人々もいる。
 「多勢に無勢なんだよ。普通の眼をした人々は、イヴル・アイの人間が世界を破壊する事を恐れる。」
 その動機が、善かれと思ってやったことでも、人々は本当の孤独なんて知りたくないから、世界を壊されるのを恐れて彼らを弾圧してきた。今も意図的に、恣意的に、イヴル・アイが世間の仕組みからはじかれるような社会を作って、彼らを締め出している。

 わたしはカウンターに肘をついて男の話をじっと聞いていた。
 良い意味にとらえれば、孤独ということは、自由でもあると言うことだ。何にも縛られない心を持っていると言うことだ。
 でも大概の人間は、何かにしがみ付き縋りつく事で安心する。守られていると錯覚する。縛られている事を受け入れているほうが楽だから、みんなそうしている。
 みんな世界を壊されたくないから。
 「…わたしは、壊したいのに。それこそ怒りを覚えるほどに、すべての、点在する世界を片っ端から壊してやりたいと思っているのに。…だってわたしはずっと寂しかった。疎外感しかなかった。」
 でも、世界の壊し方なんてわからないの。

 そう口に出したら、涙が流れた。わたしはずっと、壊したかった。何を壊したいかなんて明確には分からないのに、わたしに関わるすべてのものを破壊しつくしてしまいたかった。
 「その眼は、泣くと余計に色の違いが目立つよ。」
 男はそう言って、自分の煙草に火を点けた。わたしは慌てて涙をぬぐって、グラスに口を点けた。

 「僕の父親がね、イヴル・アイだった。」
 父はその通り、世界を壊そうとした、いや、半分壊したよ。アートというものを武器にして、確実に世界を壊し、変えていった。それは、個々の世界でもあり、現実の世界でもある。
 ただね、父は志半ばで死んだよ。『良い方の孤独』を知らず、『悪い方の孤独』に溺れている人間に殺されてしまったんだ。
 父の破壊衝動は、『良い方の孤独』から来ていたんだと思う。だから、銃を取らずに筆を執った…
 「良い方の孤独を知れ。そうしなければ、君は一生衝動を抑え込んで疎外感に苦しむのだから。」

 疲れた体にアルコールがしみ込んで、頭がぼんやりしてくる。
 わたしは悪魔と呼ばれる存在。わたしは破壊者。そう考えると、逆に今まで起こった事やしてきた事のすべてのつじつまが合うような気がした。
 虚しさや哀しさは感じなかった。逆に、答えを与えられて楽になれた。
 
 「君が世界を壊す事に期待しているよ。そして、君がどんな未来を選ぶのかを楽しみにしているよ。」
 男がそう語りかけるのを、わたしは眠りのまどろみの中で聞いていた。
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[2009/09/09 06:52] | 小説―midium | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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