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*FLY ME TO THE MOON 4*
※前篇は、画面右手のカテゴリ「*FLY ME TO THE MOON*」からご覧いただけます。
――――――――――――――――――――――――――――――

 旅館に戻り、階段を上って部屋に入った途端、雷の音が響いた。
 窓から覗く空は墨を流したようにまだらに染まっていて、大粒の雨を落としていた。
 「酷い雨だな。」
 「酷い雨だね。」
 鸚鵡返しに呟いて、わたしはまた空を見上げる。

 あと何回、わたしの耳は雷の音をとらえる事が出来るのだろう。
 まだ、直接彼の口から事の真意を聞いたわけではない。でも、この半日の彼の振る舞いや、今朝無言でわたしを送りだした夫の態度を見ていれば、否応なく現実がつきつけられているようだ。

 わたしはあとどれくらい生きられるの?
 不安と恐怖が蘇ってくる。
 訊きたい。きちんと、問い質したい。はっきりさせたい。わたしは死ぬのか、そうでないのかを。
 でも、今まで押し殺していた互いの感情を確かめあうように握り合った手は、この事態が尋常ではない事を物語っていた。
 わたしの手を慈しむように包み込んだ彼の手が、今この瞬間だけを鮮明に焼きつけようとしているように思えた。
 
 「足、大丈夫か?絆創膏、替えた方がいいかな。」
 彼はそう云って、椅子に座ったわたしの足を気遣う。わたしはその手が足に触れる前にそっとからだを引いて、自分で出来るから、と云う。

 やっぱり、あなたはわたしに優しく触れてはいけない。
 たとえわたしがもうじきこの世界から消えてしまうのだとしても。
 そして、わたしもあなたに触れる事が出来ない。
 今朝、雨に濡れた髪を拭いてあげる事ができなかったように、わたしはあなたのからだに触れる事を拒む。
 あなたを汚さないように。
 わたしたちのいる旅館の一室は、古い洋館のような作りだった。
 廊下より少し濃い赤色の絨毯、リビングは瀟洒な真鍮縁のインテリアで統一されていて、その奥に襖で仕切られた和室があった。
 和室の畳は青々としていて、漆塗りの卓袱台が一つと座布団が何枚か置かれていた。

 時計の針は午後三時を過ぎていた。
 「一応、うちの人には遅くなるって云っておいた。でも、泊って行くわけじゃないよね?」
 「泊まりたいの?」
 「ううん、だってあなたは明日も仕事があるでしょ。今日臨時休業しちゃって、明日まで休んだらお客さんに示しがつかないよ。」
 「そうだな。」
 彼は困ったように笑った。わたしもつられて笑った振りをした。
 本当は、泊っても良かった。だけど、泊まる事で、夜が来る事で、自分の理性の箍が外れて彼を汚してしまうかもしれない。
 宵の闇色は死への恐怖を増幅させるに違いないから、きっとわたしは彼に縋ってしまう。朝までちゃんと抱いていてとせがんでしまう。

 「ほら、お店、十年は頑張るって云ってたじゃない。あと何年?」
 「二年。…あのさ。」
 「なに?」
 「二年後も、同じように居てくれる?」
 彼の真剣な眼差しと、わけのわからない問いかけに、わたしは一寸戸惑う。
 「…何の事?」
 「俺と約束してくれない?お前は二年後もあの店のカウンターに座ってくれるって。」
 「…?当り前じゃない。約束するよ。でもやだなぁ、何でそんな事云うの?」
 答えながら、喉が詰まりそうになる。息が苦しい。
 どうしてこんな、真綿でじわじわと首を絞めるような真似をして来るんだろう。わたしは朝からずっと、自分の生命に疑問を感じているんだよ。不安を感じているんだよ。

 「そんなこと云われると、まるでわたしが死んじゃうみたいじゃない…」
 辛うじてそれだけ云い棄てて、わたしは煙草に火を点けた。煙が細くうねって天井へと上って行く。
 「お前はまだ死なないよ。大丈夫。二年後なんて、まだ三十にもなってないだろ?」
 彼はそう云って、備え付けのポットからカップに湯を注いだ。安っぽい紅茶の香りが煙草の匂いと混ざって部屋中を充たしていく。
 「…年齢なんか関係ないよ。わたしは、いつだって自分の病気に脅かされてる。」
 「知ってるよ。それから、その気持ちもわからないわけじゃない。長い付き合いだしな。」
 慣れた手つきでわたしの前にソーサーとカップを置きながら、彼は微笑んだ。空は濁りを増し、雨音は、更に酷くなった。

 「もう一度、温泉浸かって、適当に時間潰して、夕飯食ったら帰るか。」
 彼は雨が激しく叩きつける窓を見つめながら呟いた。時折、稲妻の鋭い光が部屋を白く照らす。
 「そうだね。この雷雨じゃ、車で出ても何処にも行けそうにないもんね。」
 何処にも行けない。帰れない。帰らなくていいのなら、帰りたくない。
 でも、もうこれ以上わたしに触れて欲しくない。
 わたしを戸惑わせないで欲しい。揺らがせないで欲しい。
 その時、雷が近くに落ちる、激しい音がした。

 わたしは耳をふさいで、目を閉じた。
 雷の音が恐かったわけではない。一瞬の轟音に、鼓膜を裂かれたような痛みを感じたのだ。
 彼がわたしの顔を覗き込んで、何か云っているようだけれど、それも耳が遠くなっていて上手く聞き取れない。
 わたしは電話脇のメモ帳を手に取り、一枚破ってそれに走り書きをする。
 「こわくない ちょっと音で耳がやられただけ すぐなおるから 大丈夫」
 彼はそれを見て心配そうにわたしに近付く。わたしはまたメモ帳を破り、急いでペンを走らせる。
 「大丈夫だから、気にしないで ほんとに大丈夫だから」
 彼の唇が、わかった、というように動いた。わたしはほっとして溜息を吐く。
 安堵したのも束の間、次の雷が近くに落ちる。激しい落雷音に、彼が顔をしかめるのが見えた。

 次の瞬間、わたしの頭は彼の腕の中にすっぽりと収まっていた。
 唖然とするわたしの頭を抱きながら、彼はわたしの頭と背中を撫でる。ちいさな子どもにするように。
 「ねぇ、何で拒絶するの?」
 耳元でそうはっきり云われて、わたしは我に返る。
 「…拒絶じゃない、わたしに触っちゃだめ、優しくしちゃだめ」
 まだ聴力は狂っていて、自分の声が遠く感じる。
 「どうして。」
 「…人に寄生して生きてきたわたしが、ひとりで頑張ってきたあなたには、甘えられない」

 物心ついた頃には父親に、男を知ってからは男に、そして今は自分を溺愛する夫に寄生してきた。
 わたしは誰かに媚を売り、何もかも恵んでもらわなきゃ生きていけないような惨めで醜い存在だから、本当に好きな人には甘えない。本当に愛する人には縋れない。
 「自分に対する、罰、かな…だから、もう撫でるのやめて?わたし本当に大丈夫だから」
 聴覚が段々元に戻ってきて、表をざあざあと流れる雨音がはっきりと聞こえる。
 彼は、何も云わない。
 そして、わたしを撫でる事を止めようとはしなかった。

 (*FLY ME TO THE MOON 5*へ続く)
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[2009/09/13 00:01] | *FLY ME TO THE MOON* | コメント(0) |
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私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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