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◆花の価値◆
茶紙に包まれた橙色の薔薇の花弁を一枚一枚ちぎりながら、帰り道を進んだ。

明日はあたしの誕生日だから、花瓶にたくさんの花を入れて飾りたかったんだ。
今、家に在る花は、ピンクとクリーム色のグラデーションの綺麗なカーネーションと、薄紫のストック。
その花に合わせて、オレンジの薔薇と紅色の百合が欲しかったんだ。

『その薔薇3本と、赤い百合1本下さい』
勤め先の花屋に寄って、そう言ったら、店長はあからさまに困った顔をした。
『薔薇?この薔薇は売りたくないんだよ。高いし』
…それって、あたしに売りたくない、って事?
『高い花はね、大切なんだよ。それをぽんぽん買って行かれると…。』
…同じ事を、同じものを求めた一般客に言えるの?

売ってなんぼの商売でしょう?買った後、その花をどう扱うかなんて、客の自由じゃない。

何だかすごく厭な気持になった。
夏にダリアを買った時もそうだった。店長は同じ様な事を言い、渋々ダリアを売ってくれた。
どうしてあたしだけ?この店の従業員だから?
いくら高い花を買ったって、僅か数日で枯らして何度も店に通う客だって少なくないのに。

『じゃあ、何の花ならいいんですか?ガーベラ?チューリップ?』
『……いいよ、もういい。この薔薇と、百合、ね。』
店長は花を保護しているビニールを外して、百合と薔薇を組み合わせた。
『長さ、このくらいでいい?』
『はい。長かったら、うちで切るから。』
そう言うと、店長はまた呆れたような厭な顔をした。
『で、幾らですか?』
あたしが尋ねると、店長は思い切り不機嫌に、
『もういいよ。あげるよ。持って行きな。代金はいいから』
と、言って、あたしに茶紙に巻いた花を押し付けた。

ますます意味がわからない。
高いからといって散々売り渋って、今度は当てつけのようにただで持って行けと言う。
幾ら決算の時期で忙しくても、あたしに八つ当たりすることないじゃない。

『花の価値くらい、あたしだって少しはわかってるつもり。明日が誕生日だったから、綺麗に飾りたかっただけ!』
そう言って、店を飛び出した。

帰り道、あたしは「もらった」花の花弁全てを、ヘンゼルとグレーテルの寓話のように道路に撒き散らしながら帰った。
すごく厭な気持でいっぱいだった。もう二度と、自分の勤め先では花を買わない事を心に決めた。
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[2010/01/28 01:53] | 随筆―smoking room | コメント(0) |
*葬列*
『私という個の存在は、空(くう)である』と唱えたのは、般若心経を読み説いたダライ・ラマ14世だったか。
いずれにせよ、今、この場所にあなたはいない。
あなたの体は残されたけれど、あなたという存在は全て空に溶けた。

だから、あたしはあなたの屍を見ない。綺麗に死化粧を施されていたとしても、これがあなたの姿を見る最後の機会だとしても、あたしはあなたの『残された体』を見る事に、何の意味も見出せない。
黒い服を着て、行列に並び、ハンカチを目頭に充てる人々を横目で見ながら、あたしは葬儀場の空気を胸に吸い込む。

涙の一滴も出ない。なぜなら、あなたはもうここには居ないから。
『最期のお別れを…』という言葉に乗せられて、屍に祈るなど御免だ。
あたしはあなたを愛していたから、心も魂も消えうせたあなたを見る事など出来ないし、したくもない。

焼き場に回れるのは親族だけだ。慾を言えば、あたしはせめてもの記念に、あなたの骨の一欠片でも盗んで手元に置いておきたかったけれど、それも赦されない。

『何もなくなったなぁ…。』呟いて、青い空を見上げた。
本当に、何も無くなった。でも、あなたはここに在る。降り注ぐ光となって、あたしを優しく照らす。
生ぬるい雨となって、あたしを洗い流す。太陽と月が入れ替わるように、あなたという存在は消える事が無い。
無い。無い。何も無い。
あたしが立っている芝生の地面も、冬の風に揺れる木々の葉も、少し離れた広場ではしゃぎ回る子どもたちの歓声も、何も無い。

―――ほらね。あたしも何処にもいない。
あなたを失った絶望は悲しみを通り越して、あたしを無我の境地まで浚って行ってしまう。

あなたの笑顔が好きだった。まっすぐな長い髪をいつも羨ましく思っていた。
箸の持ち方がおかしいと、食事をするたびに注意された。あなたの運転する車には、いつだって安心して乗れた。

思いだしたら、不意に涙が頬を伝って止まらなくなった。
やっぱり、あたしには無理だ。無我の境地に至る事も、あなたの屍をただの魂の抜け殻だと思う事も。
あたしは限界まで我慢していただけなのだ。平気な顔をして、この苦しみをやり過ごせればそれでいいと思っていただけだったのだ。

ごめんね。あたしには祝福できない。あなたが病に蝕まれた体という器から抜け出して自由になった事を。
本当の事は誰にもわからない。あなたが本当に痛みから解放されたのか、苦しみから解放されたのか。

あたしは葬列に並べずに、遠くから出棺の様子を見守っていた。
あたしは葬列に並べずに、少しだけあなたに最期のお別れをしなかった事を後悔した。

冷たい風が、濡れた頬を裂くように吹きぬけて行った。
[2010/01/26 17:01] | 小説―light | コメント(0) |
*Mobscene 5*
*Mobscene 4*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「蘭を預かってる?何で」
訝しげに尋ねる大西に、三上は今までの経緯を話した後、最後にこう付け加えた。
「・・・ほっとくと、自殺しそうな勢いだったもんで」
「まァ、いい。しっかり鎖かけて繋いどけよ。店のナンバーワンだからな、下手しても手ェ出すような真似するんじゃねぇぞ」
上には黙っておいてやる。大西はそう言って車を出すよう促した。今日は、珍しく暖かい南風が吹いていた。


あたしは空っぽの冷蔵庫に食料品を詰めていく。と、言っても、肉や魚などの生臭い物は一切無い。少しの野菜と、牛乳、卵、ビールにつまみ。
これだけ節約しているのに、何故あたしは毎日掛かってくる督促の電話に怯えながら生活しているのだろう。
答えなら、すぐそこにある。冷蔵庫の中身は質素でも、クローゼットに入りきらずに部屋を埋め尽くす雑貨や服が、その答えだ。
今日もまた、懲りずにカードを作った。いいのだ。あたしはとっくに自己破産するつもりでいるし、たとえ自己破産したとしても差し押さえられるような物品など無きに等しいから。
いろいろ買っても、ブランド物は買わない。好きじゃないから。
いろいろ買っても、車や家具は買わない。ただ邪魔なだけだから。
こうして「買う」という行為に追随する快楽を得られればそれでいい。いまのあたしが自己破産したとしても、自分で気に入って買った物が二足三文のモノだとしても、あたしは全然構わない。
「・・・狂って居るんだね。」
そう一人で呟いたら、何だかおかしくなってきて、あたしは深夜の真っ暗な台所でケタケタと笑い続けた。

―――誰もが青い鳥を見失ってしまった。
―――否、誰もが空腹のあまり、それと気づかず青い鳥を食べてしまった。嗚呼、あたしたちを満たす幸福って一体何処にあるんだろう、なんて無駄口を叩きながら、それとは気づかずに屠ってしまったのだろう。


一方、三上の部屋に取り残された蘭は、何をするでもなくただぼんやりと歯磨き粉の飛沫で汚れた鏡を見ていた。
「ねぇ、真衣ちゃんは大きくなったら歌手になるんだよね」鏡の中の幼い自分―――源氏名の蘭ではなく本名の真衣が無邪気に笑う。
「・・・大きくなったけど、歌手にはなれなかったよ。・・・ならなかったよ」
蘭は幼い瞳に心の中でそう語りかけて、鏡から離れた。
潰れた喉。もう歌は歌えない。
でも、そうなれなかったんじゃない。ならなかったのだ。自分で選んで、この結末にたどり着いたのだから仕方が無い。
いつだってあたしは自分で道を選んできた。結果としてそれが間違った道でも茨の道でも、自分で選んだと思い込まなければ耐えられない。自分で自分を洗脳しなければ生きていけない。
例えばそう、中学生の頃、初めてジャケ買いした洋楽のアルバムが、聴いてみた所で最低だったとしよう。そうしたらあたしはそのクソアルバムをベタ誉めしているライナーノーツや記事をスクラップして、ジャケットと一緒に部屋中に貼り付けて、そのアルバムは最高のモノだって自分自身を洗脳するだろう。
あたしにはそれが出来る。出来る。
医者に出された薬を、勝手に出したビールで飲み下す。喉が焼けるように熱く、酷く痛んだ。今度の現実は、そこまで甘くはない。
―――とりあえず、髪を洗いたい・・・。シャワーの蛇口を捻ると、勢い足らずな湯がだらだらと流れて白い湯気を立てた。
―――龍司は、心配するだろうか・・・。一瞬松岡の顔が頭をよぎったけれど、蘭はそれを洗い流すように長い髪を湯の流れに任せた。
―――別に、どうでも良いや。今は、何もかも。


その頃、松岡は空き地に停めた車の中で、涼子と一緒に煙草を吹かしていた。
「はい、これ。先に渡しとく。実弾入ってるから、気をつけてね。安全装置はこうして・・・」
松岡は涼子から拳銃を受け取りながら、身震いした。いわゆる、武者震いというヤツだ。
何て格好良いんだろう、拳銃って物は。たとえメイドインチャイナのトカレフもどきでも、銃は銃だ。
「もし、アイツに感づかれたら、その時は・・・ちゃんとやってよね」
涼子は平然とそう言って煙を吐いた。
「やるって・・・・・・」
「わからないの?だから、今、ソレを渡したんじゃない」
子供を腹に宿した女ほど、他者に対して恐ろしく残虐で、無慈悲な者は無い。
松岡は、そう思いながら、昨日蘭の細く白い首を絞めた時の事を思い出していた。
あいつは、丸で抵抗してこなかった。やくざに差し出した時もそう、ただ力無く長い睫に縁取られた眼を閉じていっただけ。
同じ女で、こうも違うものか。そう思ったが、松岡はそれを表情に出さなかった。
「オッケ。涼子、」
―――愛してるよ。
愛しているから、俺に金とクスリをさっさと渡しな。


珍しく今日は、暖かい南風が吹いている。
あたしは窓を開けて、橙色に汚れたお月様を眺める。
生ぬるい風が頬を撫でて、通り抜けていく。
きっと、悪いことが起こるんだ。今までで一番最悪な、醜悪な、酷い、酷い出来事が。
そう考えると、あたしは明日が待ち遠しくて仕方がなかった。丸で、遠足を楽しみにする子供のように、世界の破滅を願っている。
―――おやすみなさい。明日こそ、世界が滅びますように。
[2010/01/24 22:43] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
◆何も考えない、考えるだけ無駄◆
考えたって仕方の無い事ばかり考えて夜更かしして。
そして夜明かしして朝日仰いで自滅して行く脳神経と、次第に萎縮して行く海馬!

そうそう、考えたって無駄な事。
心配するなって言われたって心配なものは心配なんだと幾らぼやいたって、黒は白に変われないし白は黒に変われない。

うちら対称的な位置に居るから解らない事だらけだけど、だからこそ惹かれて仕舞うのだろう。
だから考えたって無駄なんだってば、うちらの現在を、ましてや未来の事なんて。
だけどいつも一人で考えて切り切り舞さね、そんなあたしを君は見て見ぬ振りして、

楽しいか?

それとも、

見ない振りした方が楽なのかぃ?

もしも後者が答えだと言うのならばあたしは君を赦して上げるし、前者だったら容赦しない。
それともそれとも、自分の事で一杯一杯精一杯で、あたしの事はどうでも良いって?
この場合あたしは君を赦した方が良いのかな?それとも平手打ち食らわして泣き喚いた方が得なのかな?
わかんないや。わかんないよ。
待つのは根っから性に合わないんだ。
[2010/01/20 01:26] | 随筆―smoking room | コメント(0) |
●更新遅れてすみません^^;●
皆さまこんばんわ★百瀬です。
更新を2日延ばして仕舞って大変申し訳ないです。。。

土曜日の夜は、とある集まりで呑みに呑んで、友達でもあり読者でもあるきよかずに、
『浮気すんなよー!!おれはJ(夫)の見方だからな!』とお説教を食らい、
日曜日の夜は沖縄人夫婦とさらにhungin'over&overな呑み方をして、死んでました(苦笑)。
これから反省して、ちゃんと日曜に連載は更新しますね!
 
百瀬 遊
[2010/01/19 18:50] | ブログ | コメント(0) |
*Mobscene 4*
*Mobscene3*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝の冷え込みは厳しくて、あたしは歯をかちかち鳴らしながら、掘っ立て小屋のような店の引き戸を開ける。
午前中、朝一の客も少なくない。風俗やっていて、今更ながら男はどうしようもない生き物だと思う。

空き個室のカーテンを閉めて、厚着していた服を脱ぎ、薄っぺらなベビーピンクのガウンとレースの下着に着替える。
これだって、きちんと洗濯されているんだか。不衛生極まり無い仕事だ。
不潔な服を着て、不潔な男に奉仕する。口に出された精液は、タオルに出して、客が帰ったらイソジンでうがいをして、ベビー用の小さな使い捨て消毒綿で身体を拭くだけ。

昨夜もポストに督促状が山のように詰め込まれていた。ふとしたら、あたしの人生何なんだろう…と欝モードに入りそうだ。
店内では朝っぱらから耳障りなトランスが大音量で鳴っている。
あたしは鞄から精神安定剤を出して、大量に口に含み、噛み砕く。苦い。
パントリにウーロン茶を貰って、口の中をゆすぐ。

『おはよう』
顔を上げると、蘭がいつものようににこにこ笑ってあたしを見下ろしていた。
いつもと違う所は、蘭の細い首筋に青黒い痕がついている事だ。
『おはよ。首、それどうしたの』
蘭は喉に手をやって、何でもない、と言い、痕を隠す為にぴったりとしたレースのチョーカーを巻いた。
彼女の声はかすれていた。あたしは、蘭が言いたくないならこれ以上訊くまいと思って、黙って煙草に火を点けた。


昨夜、蘭の彼氏は泥酔して午前三時に帰った。千鳥足で狭い部屋を徘徊した後、ベッド脇に立掛けた儘だった、ペパーミントグリーンの新しいテレキャスターを見つけてしまった。

『おい。おい!起きろよ!何だこれ~』
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった蘭に、酒臭い彼氏はテレキャスターを突きつけた。
『てめぇ、何買ってんだよ。こんなもん買う金があるなら俺に寄越せってんだ。いますぐ返品して来いよ。でなきゃ、売っ払って金にしろ』
蘭はさすがに、それは出来ない、と頭を振った。
あたしの夢。ささやかな夢。
『…少しくらい、許して。ずっと欲しかったし、安く売っていたし……』
『安物かよ。じゃ~要らねぇよな』
そう言って、彼氏は酔っ払いの馬鹿力でギターのネックをベッドのパイプに打ち付けた。
ひどい音がして、ギターはあっけなく壊れた。彼氏はテレキャスのボディも何もかも滅茶苦茶に壊した。
階下の窓が開く音がして、うるせぇよ、と下の住人が怒鳴るのが聞こえた。
あまりの事に震えて動けない蘭の頬を平手で打って、引き抜いたギターの弦をまとめて両手に持ち、彼氏はそれを蘭の首に巻き付けた。
『いいか。次に無駄な金を使ったら、お前殺すからな』
彼氏は泥酔していて、加減を知らない。そのまま蘭の首を絞めながら、蘭を犯した。
彼女は自分の手足の指先が冷たくなって行くのを、頭がぼうっとしてくるのを、無防備に受け止めた。

喉が潰れた音を身体に感じた時、一筋だけ涙が溢れた。

この人にはあたししかいない…それだけ思って、蘭は目を閉じた。別に殺されても良かった。


そんな蘭の一途な情愛とは無関係に、蘭の男―――松岡は、何人もよそに女を作っていた。涼子もその一人だ。
とは言え、松岡は妊婦の涼子に興味などさらさら無くて、涼子が企てている計画―――大西の財産を持ち逃げすると言う計画に荷担したいだけだった。
アシのつかない車も用意したし、涼子には丸で別人のような優男として接していた。
その甲斐あって、大西から巻き上げたクスリと拳銃、それから五百万円を渡す、と涼子は松岡に言っていた。
『後は、顔を隠して彼の預金を引き落としてくれればいいわ。』
涼子はそう言って、紫煙を天井に向けて吐いた。
五百万。ほんの少し、ホストの真似事をするだけで、ほんの少しのリスクを背負うだけで、それだけの大金とクスリ。
さらには憧れの拳銃が手に入る。
そうすれば、当面は贅沢の限りを尽せる。愚かな松岡はそう考えていた。
どうせ明日は死体になるかも知れない捨て鉢な生き方をしている松岡は、美味い話にはすぐに飛び付く。
そうして、自分の信条など棚に上げて、半月後の決行を心待ちにしている。


一方、蘭はかすれた声で一生懸命客の相手をしていた。休憩で階下にいると、三上が、
『蘭サン、風邪っスか』
と暖めたウーロン茶を差し出してくれた。
『うん、まあね。お茶、ありがと。大丈夫だよ、風邪薬飲んでるし』
蘭は笑って返したが、内心早くに上がって病院に駆け込みたかった。
自分の喉が潰れてしまったかもしれないという恐怖。
けれど、首についた絞め痕があるから、正規の医者には行けない。
『ねぇ、三上っち…この辺で腕の良い、ヤミの外科医知らない?』
『はぁ…何件かありますけど。蘭さん怪我でもしたんスか?』
『…絶対に誰にも言わないって、約束してくれるなら』
蘭はチョーカーを人差し指で下に下ろした。
『誰にやられたんスか?まさか、松岡の野郎……』
『ううん、違うの』
声を荒げた三上に、蘭は慌てて取り繕った。
『……昨日、帰り際、知らない人に』

三上は、ちょっと待ってて下さい、と言ってフロントで何か少し話をした。そして戻って来て、
『蘭サン、今日はもういいそうです。俺が車出しますから、急いで医者行きましょう』
『フロントには何て?』
『蘭サンが声渇れしてる事、店中みんな知ってますし、それで俺が高熱だからインフルエンザかもしれないって言っ
たら、すぐ帰せって』
三上は八重歯を見せて笑った。


『何ですぐ救急車呼ばなかったの。こりゃダメだ、声帯が半分潰れてるよ』
とりあえず、炎症止めの薬と湿布は出しておくけどな。
『とりあえず…ですか。あたしの声、元に戻りますか?』
『まぁ無理だろうね。元通りにはならないよ。暫く、なるべく喋らないで、安静にしとけば会話くらいなら普通に出来るようになるだろ』
三上は蘭の横に立って、一部始終を聞いていた。
『で?念のため事後ピル出しておく?』
蘭は黙って、苦しそうに小さくうなづいた。

帰りの車の中で、蘭は放心していた。抜け殻のようになった彼女を横目で見遣り、三上は軽く溜め息を吐いた。
『何か暖かいモンでも飲みます?』
返事はない。
三上は路肩に車を止めて、自動販売機にコインを差し込む。百円玉が落ちてきて、彼は舌打ちしながらそれを投入口に入れ直す。
蘭は助手席で人形のように夜空を仰いでいる。何も見ていないのかもしれない。あれほど明るくてタフな彼女が、丸で別人のように呆けている姿は、さすがに痛々しい情景だった。
『熱いンで、気をつけて。もうすぐ蘭サンの家に着きますから』
三上がそう言うと、蘭は窓ガラスにもたせかけていた頭を少し動かし、一言、…もう少しだけ、車で回って貰えないかな、と言った。
『無理スよ。俺も仕事抜けて来てるし、上は煩く電話してくるし』
そう答えると、そっか、じゃあ、ここでいいや、と蘭は車のドアに手をかけた。
『駄目っスよ。きちんと送り届けるまでが俺の仕事。』
三上は強引に車を出す。蘭の事を哀れとも可愛らしいとも思うけれど、店で抱えている女はきちんと管理しなければならない。それこそ、鎖をかけてでも。

『…蘭サン、家に戻るのが嫌ならウチに居ますか?狭くて散らかってるけど』

蘭は少し考えて、小さくうなづいた。今は、あの部屋の惨状を見たくはない。
壊れてしまったあたしのギターの残骸、へこんだパイプベッド、寒々しい部屋に一人佇む、もう歌えない自分。
想像するだけで吐き気がした。

三上のマンションは古い公団住宅のような場所で、三上はビラやチラシが詰め込まれたドアに鍵を差し込みながら唾を吐いた。
部屋の中にはほとんどと言っていいほど物が無くて、眠る為に帰るだけの場所のようだった。
『押し入れの引き出しに、前の女が置いてった服があるから、嫌じゃなかったら着ていいスよ。長居すンなら下着なんかは明日買って来ます。鍵、スペアが無いから、蘭サンには俺が戻るまで部屋に居て貰う事になりますけど、いいっスか?』
蘭がうなづくと、三上は、店にはインフルエンザで一週間休むって言っときますから。部屋の中では好きにしてていいスよ、と言って足早に玄関を出て行った。
[2010/01/19 18:43] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*白百合*
花菱や、花菱やと可愛がってくれた姉女郎はあの世に行ってしまった。
一葉の文が届き、肩を落とした廊主は、わたしに一言、
「常盤が、死んだそうだよ。あの妓はいい妓だった。芯が強くて優しくて・・・」
そう言って、目尻に溜まった涙を乱暴に親指ではねのけて鼻を啜った。

仲見世通りを桜吹雪が舞っていた。
あたしは姐さんの間夫である聡次郎様にどう告げよう、何としよう、と考えあぐねながら道を行く。
とりあえず、文を書こう。姐さんが居なくなってから、そうさまは一度も吉原へは来ていないのだから、大門から出られないこの身としては、ただ文使いを遣るしかない。

夜、冴え冴えと輝く満月を眺めながら思う。
夕刻帰ってきた文使いは、確かにお渡ししやした、と言っていた。
今頃、そうさまはどうしているだろうか。
あんなにも相思相愛だった二人が、たとえ沿い遂げられなくても幸せそうだった二人が、こんなにも早く死別する事になるなんて。


姐さんが伊豆に行く前の事を思い出す。
「姐さん、そうさまがいらっしましたけど・・・」
「・・・お帰りなんし、とお伝え。うつしてしまうとといけないから・・・」
「そうお断りしゃんした。でもそうさまはお帰りになりません。姐さん、具合はいかがでありんすか」
「仕様のないひと。・・・今、身支度を整えますから、あがってもらいなんし」

布団の畳まれた座敷にそうさまを招き入れ、私は棚から茶を出して火鉢の上の鉄瓶から湯を注いだ。
「常盤、身体の具合はどうだ」
「おかげさまで、これ、この通り。髪は結えずとも見世に出られずとも命はございますよ」
私が差し出した茶をそうさまは啜りながら、そうか、と溜息をついた。
「これ、花菱、お茶菓子はありんすか」
姐女郎は具合の良いときはお茶を引く毎日で、私は、あい、と答えて姐の作った茶菓子を出した。
「では、わっちはこれで。そうさま、ごゆっくり」
私は座敷を出て、障子を閉めた。

「お前の具合が好くない事はわかっているよ。此処にいても大丈夫なのか?医者には診てもらっているのか?」
「あい。五日に一度はお医者様に診てもらっております。郭の皆もほんに好くして下さって・・・」
「そうじゃない。治るかどうかと聞いているんだ。この腕も、随分細くなってしまった」
常盤は俯き、そっと手を振り解いた。
「・・・実は、この病を治すお薬はないと言われんした。空気の良い、静かな所で養生するようにと」
「・・・・・・そうか。儂も一緒に行けたならなぁ。大門を出たら、文の一つも寄越しなさい。門下生には休みと言うことにして、儂はお前に会いに行くから」
「お気持ちだけで、嬉しゅうござんす。ほんに・・・なれど、それはなりませぬ。道場を継いだのですから、あなた様はお仕事に精を出さねばなりませぬ。奥様にも申し訳が立ちませぬ。」
常盤はそう言って、彼の湯呑みに茶を継ぎ足した。

彼女は、聡次郎が初めて吉原を訪れた時の事を懐かしそうに話し始めた。
「・・・そうだったなぁ。仲間に連れられて松葉屋へ入ったはいいものの、突然階段を下ってきたのがお前だったからなぁ・・・」
「ふふ、そうさまはまるで化け物を見たように暖簾の外に飛び出してしまって。」
「否、これほど綺麗な女を見たのは初めてだったからだ。もうあのときの話はするな」
「あれ、耳まで赤くなってしまって。・・・あの頃とは、わっちも随分変わりんした。こんなにこけた頬はもう幾ら白粉を塗っても誤魔化しなどききゃせん。わっちの時代はこれまで。これからは、花菱が松の位にあがるでしょう」
「お前はそれでいいのか。お前に借金をして、お前が育てた新造が花魁になるとは悔しくはないのか」
「それは、見世の事を考えれば、少しは口惜しゅうございますけれど、あの子もわっちが育てた子。愛しいに代わりはござんせん。」
そう言って白い歯を見せて笑う常盤を、聡次郎は万感の思いで見つめていた。

この汚れた世界で、京の武家から堕ち、売られ、男浸り酒浸りの日々もあっただろう。
花魁と呼ばれるまでに、どれだけの苦労を強いられてきたのか想像にも及ばない。
それでも、常盤は無垢で、色にたとえるなら雪のような白さだ。
「お前はどんな花にも喩えがたいが、強いて言うなれば白百合だな。真っ直ぐで、香りも良くて・・・そして長く保つ。長生きしてくれよ。・・・身請けの話は風の噂に聞いているが、儂はお前が生きて笑っていてくれるならそれで良いのだから。」
いえ、と常盤は頭を振った。下ろしている長い濡羽玉の髪がさらさらと音を立てた。
「わっちは・・・いえ、わたしは、聡次郎様とご一緒に居させて貰える時だけを、自分の生きている時間だと思っております。喩え、病が治って身請け話がまとまっても、聡次郎様のお傍に居る時だけ咲く花でございます。」

障子が少し空き、五つ六つの禿が顔をひょいと出す。
「姐さま、そろそろおいとまいただかないと・・・」
常盤は潤んだ目で聡次郎の顔を見て、もの悲しげに微笑んだ。
「そうだ、そうだな。すっかり邪魔をしてしまった。これ禿、菓子をやるからみなで分けて食べなさい。儂はもう帰るから」
袂から砂糖菓子を出して禿にやると、禿は子供らしく嬉しそうに飛び跳ねて、廊下の奥へ走っていった。
「主さんの、そんな気っ風が愛しうござんす。さ、お帰りなんし。外は冷えます、どうぞお気をつけて・・・」


姐さんが居なくなり、松の位になったあたしは名を遠野と変えて、八文字を踏むこととなった。
そうさまからは、相分かった、とのお返事を頂き、その震えた文字を見た時、胸の奥が締め付けられる気がした。
今宵も、吉原の夜は更けていく。
ただ、常盤さん姐さんと、そうさまの姿だけが、どこにもない。
[2010/01/10 23:09] | 小説―light | コメント(2) |
◆あけましておめでとうございます◆
皆様あけましておめでとうございます(遅)!
年末年始、仕事に忙殺されて、年賀状を出したのも今日という間抜けさ(ちゃんと「寒中見舞い」にしましたが)。

それでもきちんと小説を書いているのは、pomeraを買ったから。
これは便利で使いやすい★時間が空けば、カタカタとタイピングしております。

最初は旦那さんが買ったんだけど(レシピのメモ用)、「使いやすいし、遊ちゃん小説書きやすくなるんじゃない?」と言われて早速購入。
確かにハマりました(笑)。私はよく言いアイデアが浮かんでもメモを取ったり携帯に打ち込んで保存できないんです。考えている事の方が早くて、追い付かない。
だからとっても重宝しています♪

それから、最近の私の小説の毛色から「浮気疑惑」が出ていますが・・・ここは敢えて口を閉ざしましょう(笑)。
でもね、女の子は幾つになっても恋愛が燃料★浮き沈みしたり、喜んだり幸せだったり、思い切り泣いたりするのってやっぱり、必要なんです。
一人の男の人に尽くしてそれで幸せっていう形が、世間的にも幸せなんでしょうけど(苦笑)

今年が始まって、また十日しか経っていないのに、とても長い長い時間を過ごしたような気がします。
それはひとえに私を支えてくれている人々のおかげでもあるし、何より自分で頑張るようにしているから。
一日一日を大切に、って意味が、この年令になってやっとわかった気がします★
確かに、つらい事、苦しい事なんて山ほどあふれているけれど、笑い飛ばして過ごしたい。
今年の目標は、これです^^

皆様今年もよろしくお願いします★

百瀬 遊
[2010/01/10 21:23] | ブログ | コメント(1) |
*灰色の種*
「黒が白になろうだなんて、ナンセンスだよ」
君は嘲笑を含んだ語調でそう言って、あたしを黙らせた。
君が言いたいのは、自分が黒であたしが白。相入れる事も無ければ、どちらかがどちらかに転ずる事も出来ない。
突き放されたような気分になったあたしは暫くしてやっと口を開く。
「あたしは変われない。だけど、君がそれで良いと言うなら、あたしもそれで良い」
と、返した。返事は無かった。

君はずっと孤独で、孤独に慣れすぎていて、誰かに自分の領域に踏み込まれるのを恐れている。
あたしは孤独に憧れて、それでも周りには誰かしら居てくれるものだから、それに甘えきって、子供のような心の儘この歳になった。
君は常にプレッシャーを与えられ続け、幼い頃から周囲と距離を置くようになった。母親と話す時でさえ、他人行儀だ。
だけど、心の底ではちゃんと愛情を求めている。あたしは、それを知っている。

泥沼に足を取られて動けないのは、君もあたしも同じだ。
立場や毛色が違っても、身動きが取れなくて苦しいのは一緒なんだ。
だけど、君は手を延べて助けを求めるような事はしない。
あたしは常に手を振りかざして、大声で叫んでいる。
ーーーここに、居るよ。あたしの手を掴んで。

自分の苦しみを吐露して、積み重なった罪悪感に苛まれても、今更助けてなんて言わない。
もうあたしは助けてもらわなくたって良い。君を助けられないのが一番、つらいから。
君がほんの少し手を伸ばせば、あたしの指先に届くから。
だから、少しだけ心を開いて頂戴。少しだけ弱さを見せても、醜態を晒しても、それを恥だと思わないで頂戴。
プライドなんて捨ててしまって、一緒に灰色に染まって行こうよ。

君は聡明で、あたしはただの阿呆でしかないことを知っている。
だけど、君が本当はとても飢えていて、いつも体温を欲している事をあたしは知っている。
孤高さ故に傷つかなくても良い事で傷ついて血を流しているのを、鈍なあたしは最近気づいた。

あたしの存在が君にとって苦しみの種でしかないのなら、あたしは黙って消えていくよ。
君が後々苦しまないように、笑顔で新しい道を見つけたと嘘を吐いて、背を向けて泥沼にはまっていくよ。
もしもあたしが君にとって、苦しみの種と喜びの種、その両方であるなら、出来るだけ綺麗な花を咲かせるように死に物狂いで頑張るから、少しだけその手を伸ばして見せて。

君が居てくれるだけで、それだけで世界に有り難うと言いたい。
君が笑ってくれるだけで、あたしは泥沼から這い出た気持ちになる。
此処に居て、笑顔で居て。それだけでいい。

君の事を何もかも知ったかぶりをするのは良くない。
だけど、肌で感じたことや自分でわかったこと、君が語った真実はいつでも真っ直ぐに受け止めていたい。
「愛している」
その一言が禁句で、君はその一言に異常なほどの拒否反応を見せる事をわかっているから、あたしは敢えてその言葉を使わない。
だけど、誰よりも君を大切に想っているよ。

白が黒になれないなら、黒が白になれないなら、お互い灰色になってしまえばいい。
泥沼から花を咲かせる蓮のように、汚泥に足を取られていても一緒に生きて行こうよ。
君だけは失いたくない。何を失っても、君だけは君らしく在って欲しい。
それが、あたしの、唯一の願い。
ほら、手を伸ばして。あたしは此処に居るよ。
[2010/01/10 07:11] | 小説―light | コメント(0) |
*Mobscene 3*
*Mobsene 2*の続き
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
組の中では下っ端に近い大西が、店に勤め始めてからもう一年になる。
『はァ…風俗嬢のお守りスか』
思わず呟き、溜息を吐くと、兄貴分に、
『そんな贅沢言える身分かよ、何様だ手前』
と小突かれた。
確かに。俺には何の権限もありゃしねぇ。ろくでもない高校を中退した後、極道に逸れたはまだしも、三年経っても四年経っても下働きに代わりは無い。
バッヂもチャカもただの飾りで、人ひとり殺った事の無い、意気地無しの屑に変わり無い。

女が孕んだ時もそうだ。自分はただ狼狽するだけで、籍を入れるだの身を固めて堅気になるだの、そんな事すら考えつかなかった。
結局、俺は図体だけでかくて強面なだけ。脅しの為のお飾りに、上に媚びへつらって毎日過ごしているだけ。
女の腹の子はもうじき六ヶ月になる。
『…それだって、俺の子かどうか分かりゃしねぇ…。』
大西は呟いて、電柱に向かって煙草を放った。雪はいつの間にか止んでいた。

『だからぁ、大西サン、聞いてるんスかぁ~?』
見回りから戻った舎弟の三上が、小汚い長髪を掻き揚げながら言う。
『藤原がムショ食らったでしょ。そのアオリで俺達もパクられたりしないでしょうねぇ』
藤原は三ヶ月前に路上でシャブを撒いていて捕まった阿呆だ。
『大丈夫だ。あいつは間抜けだか人一倍の根性無しだ。ゲロ吐いたらムショ出た後にどんな目に遭うか分かってンだろ』
大西は面倒臭そうに答えて、煙草をくわえた。三上が慌ててライターを取り出し、それに火を点ける。ブランド物のジッポ。胸ポケットにしまった百円ライターが、どうにも情けなくて仕方ない。


大西の女は涼子と言い、膨らんできた腹を気にする事も無く、くわえ煙草でベッドの上に寝転び、雑誌をぱらぱらと捲っていた。
『子どもが生まれたら、出て行こう。こんな先も見えない極道者との生活なんて、誰が好き好んで続けるものか…』
金色に脱色した髪を払いながら、涼子は独り言を呟いた。
腹の子は確かに大西の子だ。けれど、彼が父親だなんて冗談じゃあない。
あたしの夢はハタチまでに子どもを生む事だった。ただ赤ちゃんが欲しいだけ。先の事なんて知るものか。
若いうちの妊娠、出産。それが叶おうとしている今、もう種付け役だけの大西に用は無い。
彼女は安定期を迎えたら、大西の貯め込んでいる金やシャブやロレックスなど、この狭苦しい部屋から洗いざらい持ち出して、姿を消す算段をしていた。


蘭は、携帯電話を枕の横に放った。
ブログはほぼ毎日欠かさずつけている。でも、特に書く事なんて無いし、文章能力も無い。
幸運にも、彼女がその事について悩む事は無かった。
何故なら、彼女にとって全ては《どうでもいいこと》であり、それを読んだ人間が何をどう取ろうと気にする事など無かったからだ。
彼女は無垢で、それ故に無知でもあった。
昨夜、彼氏がラリって壁に打ち付けた拳型の穴に、ガムテープを貼り付けながら蘭は想った―――明日なんてどうなるかわからない。一昨日まで、お気に入りのポスターが貼ってあった壁さえ今は、こんなにも惨めな姿になっているのだもの。
ガムテープをベッドの下に投げて、裸足にスリッパをつっかけキッチンへ向かう。
冷凍庫の中からウォッカの瓶を取り出し、瓶口から直に三口ばかり呑んで、ウォッカを冷凍庫に戻した。
これで今夜はゆっくり眠れる。彼氏が夜中に帰って来なければ…。
怖くない。あたしはあの人を怖いだなんて思っていない。今の生活だって、苦しいとは思わない。
ただ一つだけ―――もう一度バンドで歌いたい。
またステージに立ちたい。客が少なくてもかまわないから、今度はこの新しいテレキャスで、あたしの歌を歌いたい。ライヴ、ライヴ、ライヴがしたい…。

―――彼女はまだ気付かない。自分はもう、ステージパフォーマンスとは程遠い世界にいる事に。
否、もう既に戻れない事を知っていて、その事実を見て見ぬ振りをしているだけかもしれない。

全ての人々が、青い鳥を見失ってしまった。
残されたのは、小さな羽根のひとひらで、それさえ色褪せ干からびて行くだけだ。
そして、誰もがその事に気付かない。世界は、こうして回って行く。
[2010/01/10 00:36] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*月のない夜に*
皆が寝静まった住宅街の真ん中で、冷たい風なんてどこ吹く風で、抱き合った。
彼氏が待つ、あたしのマンションの目の前で。彼氏とは違う、あたしの大好きなひとと。

分厚い服が、邪魔だった。それでも出来るだけ距離を縮めようと、お互いを強く抱きしめた。
愛なんて物に縛られない。これは、ただの慾情だ。
何度も何度もキスをした。彼の唇は暖かくて、少しお酒のにおいがした。彼の頬は冷たく乾いていた。

こんな形で抱き合っていても、愛情を確かめる術にはならない。それでも離れられなくて、あたしはブーツの踵を精一杯上げて彼の肩にしがみついていた。

「ここはお前の家に近すぎるだろ。大丈夫かよ」
「大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないだろ」
彼は、いつだって慎重だ。

あたしもかなり酔っていた。そんなあたしの手を握って、一区画離れた路地に入り、また抱き合った。
離れたくないよ。もっと傍に来て欲しいよ。

薄暗い路地でキスを続けていると、彼があたしのダウンジャケットの下から手を入れてきた。
「俺、最低な人間だし。いつまでもこれ続けてたら、もっとしたくなる」
そう言って、ジャケットの中であたしの上半身を両手で撫でた。
「いいよ。いくらでも触ってよ」
あなたが自分を最低な人間と蔑んでも、あたしにとってあなたは至上の人間。
あたしこそ、最低な人間で、この手は汚れきっていてあなたを抱きしめるなんて烏滸がましいと思える程、汚れきっていて。
それでもあなたはあたしをこうしてしっかり抱きしめてくれる。

「あんまり可愛いと、こういう事するよ」
彼がスカートの中に手を入れてきた。あたしは抗う事も無く、彼の冷たい指があたしの中に入ってくるのを受け入れた。
あなたの尊さに、腐った自分自身は引け目を感じながら。
「ね、待って。あたしだけじゃ・・・」
「いいよ。いっていいんだよ」
彼がそう囁くので、あたしは素直に身を任せた。
月のない夜。宵闇の中の刹那。
冷たい指にあたしの身体は暖かいのかな。
あなたの身体はあたしを欲してはいないのかな。
こういうのって苦しいだけだよ。だけど、あたしの脆い神経は自分勝手に暴走し、我儘な身体は彼の身体に只管しがみつくだけだ。

「いった?」
「・・・うん」
「よしよし」
彼はあたしの頭を撫でて、何度も何度もキスをくれた。
それじゃ駄目なのに。あたしだけよくても、何もならないのに・・・。
相手の性を自分勝手にコントロールする事を汚すと言うけれど、あたしは逆に彼を汚してしまったようで、そう仕向けてしまったようで、なんだか切なかった。
「・・・あたしだけ、いいの?」
「いいよ。俺はこんな場所でどうしようもないだろ」
彼は優しく笑って、頬に、唇に、首筋に何度もキスをしてくれた。

「俺が駄目人間なのはいつもの事だから、心配されても困る」
そう言って、彼はあたしの目を見た。
さっき抱き合っていた時に、あたしが何度も何度も、大丈夫だよ、きっと全部上手く行くよ、と呟いていた事に対する答えだった。
「あなたはいつも頑張っているのにね、それなのに自分を駄目人間なんて言ってるの見ると、支えたくなるんだよ。少しでも、支えになりたいと願うの。傲慢かな」
彼は何も答えなかった。

愛なんて物に縛られたくない、と思うのに、これが愛情の無い行為だと思うと、少し寂しい気がするよ。
だけど、いいんだ。
愛、なんて、陳腐な言葉に成り下がってしまったけれど、あたしは今、それに縛られてしまった。

「お前の髪、甘い匂いがする」
彼はあたしの短い髪に頬を寄せて囁いた。
あたしはもう、何も言えなかった。
[2010/01/10 00:26] | 小説―midium | コメント(0) |
*月蝕*
白銀の満月がとても綺麗だった夜
豪快に呑んで強かに酔って
日付変更線を跨いで帰ろうとした矢先
自転車に荷物を乗せたら少しふらついた
後ろから自転車をおさえてくれたあなたは
振り向いたあたしの顎をそっと上げた

自転車は片手でおさえられているのにびくともしない
それくらいあなたの右手は力強い
あたしの顎は触れられたかどうかもわからないほどで
花に触れるようにあなたの左手は優しい

少しだけ冷たくて柔らかくてメンソールの味がした
羽が掠める短さで剃刀の滑る鋭さであたしの一瞬を浚って 

ありがとうと甘い声であなたは囁いて
あたしは何も気の利いた事が云えなくて
何故か泣きそうになりながら
冷たい空気を吸い込んで
自転車を押して帰った

言葉や笑顔や感覚や感触
欲しかったものを全部貰った後には
月蝕が始まる

次の一日は永遠と思えるほどの長さで
その長い長い一日をほかのひとと過ごした

今日の月は少し黄色く見えた
あたしには帰らなきゃならない場所があるけれど
あたしはあなたの事が大好きだから
真っ直ぐに目を見てそう云ったら
あなたは笑って
この指一本やれるくらいおまえが好きだからと返した
弦楽器奏者が何を云うのか
あたしなんかに
人生を呉れてやると云うのか
あなたにも帰らなきゃならない場所がある癖に

欲張るな 強請るな
媚びるな 高望みは止め賜え

でももう一度欲しい
今度は全部欲しい もっと欲しい
月が沈む前にあたしに沈めて欲しい
何も拒まないから 何でもしてあげるから
お願いだから もっと傍に来て欲しい

グスタフ・クリムトの「接吻」を思い出す
恍惚とした女の足元は崖
苦しくて眠れない 辛過ぎて動けない
目を閉じた女の足元は崖
泣きたくて仕方ない この儘じゃ進めない
駄目だもう駄目だきっと足元から崩れる
或いは男に崖から突き落とされる
違う 自ら墜ちて遠のく

そんなに心配しなくてもお前の事は好きだから
心配ならするさ 自らの心配を
あなたに両目を潰されて もう何も見えないみたい
もう誰もあたしを救えないみたい
後悔するって解っているのにあたしは・・・
[2010/01/03 23:57] | 短詩 | コメント(0) |
*Mobscene 2*
*Mobscene 1*の、続き。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『全く、失礼しちゃう』
一人の女がハイライトに火を点けながらぼやく。
『まぁ、時々気付く客は気付くけどさ、あの野郎、あたしの胸ぎゅうぎゅう揉んだ後、なんだシリコンかよってチェンジしたんだよ』
チェンジじゃあ時給しか入んねぇよ。そう言って女は紫の濃い煙を吐いた。
煙草を挟む指先は真赤のネイルエナメルが剥げかけていて、それが彼女の傷んだエクステンションの巻き毛によく似合っていた。擦れっ枯らしで下品と言う形容詞がぴったりだ。

珍しく待機をしている蘭が突然、
『そぉいや、今日はこれから雪だって。寒いからお客さんも少ないよね』
と言う。こんなにも早い時期に、雪が降るのは珍しい。道理で、冷え込むわけだ。

シリコンパイの彼女の胸は、冬になるとシリコンの部分が凍ったりしないんだろうか。微かな疑問が頭をよぎる。

話を戻すけれど、雪、なんて風情はこの場所には関係無い。愛でる義理もない。
『帰る頃には降ってるかなぁ』
窓の無いハコの中で、蘭は幼い子どものように、真っ白な初雪を心待ちにしている。
『もうすぐアガリか。蘭、今日は幾ら稼いだよ』
『んっと~…お金渡されるまでわかんないけど、こんな日にしちゃ結構指名貰ったから、十五万くらい』
蘭は、十五万くらい、の語尾を上げて言った。語尾を上げるのは彼女のクセだ。
『うざっ。あたしなんて一日待機だったから時給だけだよ。』
シャブ中が頭をぼりぼり掻きながらぼやいた。
『あたしも九時アガリだから、途中まで一緒に帰ろうか』
あたしがそう言うと、蘭はうなづいて星型に鋲が打ってある、ピンクのリストバンドを直した。


雪など見たことも無い、真赤なソファは思った―――この、蘭という女は美人で、おまけにグラマーだ。
こんな島国の片隅で体を売るより、私の祖国でバーレスクをしたら、きっとスターになれるだろう。きっと喝采を浴びるアーティストになるだろう…。
だがしかし、私には帰る術など無い。もし帰ったとしても、私の居場所などどこにも無い。
このまま生地が擦り切れ、使い物にならなくなったら、いずれ故郷からは遠く遠く離れたこの地で、解体されて打ち捨てられ、果てるのであろう。
それはそれで寂しいが、仕方ない。私は所詮、ただの「物」だ。


給料を受け取って外に出ると、見張りのやくざが肩にまばらに雪を乗せて、身を震わせていた。
『大西ッチ~、おつかれ~』
『あ、蘭さん、お疲れ様っス。明日も出勤スか』
『うん。また明日ね~。寒いから風邪ひかないでね~』
蘭は小さな手をひらひらと降って、店を後にした。

蘭の後ろ姿を見送った大西は煙草に火を点けようとするが、風が強くてなかなか点かない。
今日に限って、いつも使っている金のジッポを忘れた。手のひらにあるのは、コンビニで買った黒いプラスチックのラ
イター。
安っぽい、俺には惨めすぎる。そう思いながらも、煙草はやめられない。
やっと点いた火種を見つめながら、大西は部屋に残した妻と腹の子の事を一寸思った。

夜に降り頻る雪は、人をセンチメンタルにさせる。



>11/21/22:39今日は11月なのに、なんと!雪が降ったね!
写真でわかるかな?
寒かったから、お客さんが少なくて、困っちゃった。
みんな、蘭に会いに来て来て♪お願い(>人<)
雪、積もらないといいなぁ。

薄暗い路地に光る街灯の光に、ぼんやりと浮かび上がる雪の写真。

あたしはパソコンの画面を眺めながら、帰り際に蘭の言っていた事を思い出す。
『稼いだお金?半分以上、彼氏が持って行くなぁ…。あ、でも明日ね、お店上がったら新しいテレキャス買いに行くの~。今まで使ってたギター、もう古くなっちゃってペグとかゆるんで駄目なんだよね』
ペパーミントグリーンのやつがいいな。
[2010/01/03 23:55] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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