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*七月三十日之記・其之弐*
 酷暑の為、たかだかビール2杯でほろ酔い。
 池袋から家に戻る時、偶に立ち寄る部屋がある。

 その部屋はとある下町の外れにあって、いつも扉は開けっ放し、時々主が留守にしている時は部屋の外の仙人掌の下に鍵がある。

 今日、扉は開け放されていて、抹茶色の暖簾が揺れる玄関脇で、いつの間にか居ついた半野良の雉虎猫が香箱を組んで欠伸をしていた。

 踵の音を響かせて玄関に暖簾をかき分け、『お邪魔。』と入ると、『ああ、久しぶりだな。』と振り返らずに主は答え、あたしは靴を脱ぎながら『銀だこ買って来たからおなか空いてたら食べて。』と云う。

 部屋の中は相変わらず、馬鹿でかいフェニックスが天井限々まで青々と葉を茂らせて、首輪を着けたイグアナが堂々と闊歩している。
 『アンジー(イグアナ)、元気にしてた?』とイグアナに話しかけると、『この間また脱皮したよ。』と主のほうが答える。

 主は振り向き、余所行き用にしっかりと作り上げたあたしの姿を見遣って『遊びの帰りか。』と云い、煙草を灰皿で揉み消した。
 『でも泣きそうな顔してるな。厭な事でもあったか。』とすっかり見透かされ、あたしは『厭な事は何も無い。唯、暑くて酔った。足が痛い。』と云う。
 『どれ、見せてみな。脚長いのに見栄張って、こんな踵の高い靴を履くからだ。』と云いながら、主は針をライターで炙り、足の裏を消毒してから肉刺の皮を掬うようにして、幾つか出来た水膨れの中身を抜き、絆創膏を貼ってくれた。

 『疲れたの?泣きに来たの?』と主が云うので、『うん、疲れた。今日は楽しかったけどとても疲れてしまった。』と答えたら不意にストレス性の涙が滲んできて、それを見た主は『疲れたなら少し其処で眠って行けば。』と無愛想に云う。
 あたしは収納付きのベッドに転がって、男臭い枕に顔を埋めて転寝している間中、主は煙草をふかしながら何やら書類の整理をしていた。
 あたしが夢現でその横顔を眺めながら、不精髭のやつれ顔が視線に振り返るのを待っていた。
『何?』と云うので、『一段落したら、一緒に寝てね。』と態と云って遣る。
 そうしたら主は書類を繰る手を止めてベッドの上に乗り、あたしが眠りにつくまで、今朝短く切り過ぎた前髪を撫でていてくれた。

 アンジーはフェニックスの茶色い幹によじ登った儘、動かない。
煙草の匂い。ほんの少し鼻につくかびのにおい。少し湿気を含んだ主のシャツの優しいにおいと、フェニックスの葉が放つ緑の匂い。
 こんなにも暑い一日だったのに、丸で風呂に入りたてのようにさらさらとしている乾燥肌の主の手が、子どものようにめそめそと泣くあたしの頬や髪を撫でる。


 あたしに帰る家三ツ。
 一に旦那と暮らす場所、次に長野に在る実家。

 此処はあたしのもう一つの帰る家。

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[2009/07/31 09:45] | 小説―light | コメント(4) |
*七月三十日之記*
 暑過ぎるよ、暇過ぎるよ、今日はもう左様ならだ。
 煙草臭い喫茶店の片隅で、暑さに疲れ果てて仕舞った体を椅子に靠せ、あたしはいつ帰ろうどう帰らんと思う。

 鳥渡した野暮用とやらであたしを待たせている男を、私は厭う。
 あんな男大嫌い、純情も野暮も同じ事、初で女に慣れずして慾だけ下心だけ人一倍、余り在る程に在るのが見え見え。
 ああ厭々、退屈凌ぎと云えど、なぜこの様な男についてきて仕舞ったのであろ。電車賃すら無駄の無駄。
 せいぜい泳がせるだけ泳がせて、貢がせるだけ貢がせよう、そう思っても相手は丸で気が利かず、あたしは自らの良人に唯会いたい、直ぐ会いたいと願う。
 甘い言葉の一ツも無くても、口説き文句のクの字も出なくても、世間話をするだけで、喩え短い時だって幸せ。

 ああ厭々、これ切り暫くは会わずにおこうこんな男。
 疲れた、とても疲れた。蒸し焼きにされるが如く、真夏のアスファルトの上を只管歩き、滝のような汗を流し、疲弊しきって心の中は温い雨、作った顔は皐月晴れ。
 眠りたい、家に帰って眠って仕舞いたいとずっとずっと思いながら、長すぎる道程を歩き涼を求めて。
 暑苦しい男。初見は羽振り良かれど、少ししなを作れば素面でも助兵衛心は丸見え、立ち寄った小間物屋でさえ、狭い店内をうろうろと、あたしの後ばかり付いてきて、落ち着いて観たい物さえ見れぬ有様。
 惚れる事こそ構わぬと思えど、あたしの邪魔だけはしないで呉れ、それこそがあたしの一番憎む事だから。
 ばらばらと金をばら撒いて頂ければそれで結構、それ以外にあたしが貴方の我儘に付き合う道理等無いし、うざったい、汗でべとついた肌に触れる理由も無い。
 あの媚びた女々しい笑顔、本当に虫酢の走る、気色の悪いあの色目。教室の隣に席を置きたくないほど、本当は嫌いな性質。

 もう本当にこれ切りに仕様か、今日この後、貴方があたしに少しでもけちな処を見せたなら、もう付き合いはこれ切り、全部お仕舞いにしよう。
 悪い女、遊び人、それで結構、もう愛想も尽きそうな頃。
 そうでも上手くやれば、暇も潰れて金も遣わずに遊ぶ事が出来るから、もっと適当にやれば好い。
 なれど矢張り良人と過ごす数分の一の時間は、あたしを豊かにする。
 こういう時間の使い方は、あたしを駄目にする。惨めにする。疲れさせる。
 本当は、貴方と過ごしていて善い事なんて一ツも無い。

 好いてもいない男とこうして何もかもに興じている振りをして、心の中で干上がっているよりは、独り部屋に籠って猫を撫でていた方が良い。
 あたしは莫迦だ。良人に知れても屹度、莫迦だ、人生の無駄だと云われるに相違無い。
 自分自身にも良人にも、恥ずべき事を、あたしは厭々しているのだ、何の為に。

 やっぱり止そう、もう切って仕舞おう、あたしは誇りを失いかけている。さあ正直に、実直に。
 それさえ躊躇うのがあたしの悪しき賤しき性根。
 同じ事を繰り返して死人の様に生き、良人に会える時だけに息を吹き返す。
 愚かな女には愚かな男がお似合い、学ばない女に聡明な男は不釣り合い。
 これがあたしの人生なのであろう。

 喫茶店の、テーブルを挟んだ向かい側の席には、誰も居ない。
 今この場所に、あのひとが居て呉れたらいいのに・・・

 自らの良心を寝かし付けるのは簡単で、ほんの少しの睡眠薬と一寸多めのカフヱインさえ有れば良い。
 貴方は天国だと云う、あたしと過ごす時間を、あたしは煉獄と感じているのだ、いつ会っても。
 それでもあたしの退屈は、日々の退屈は、天国でも地獄でも無い、何も無い現実で、そんな味気の無い現実からあたしを掬い上げてくれるのは貴方だと思った、でも違った。
 暇、と云う恐怖からは抜け出せた、けれど精神的な疲労と云う、新たな苦痛を此処に見た。
 一方的に押し付けられる恋慕を疎ましく感じ、一方的に見せ付けられる慾情を面倒臭いと思う。
 あたしはいつまで経っても、それに応える積もりは無いし、出来るなら全部全部無かった事にしたい。
 思えば自分で播いた種、後悔こそすれど、帳消しには出来ず、一人の男を本能と欲で弄んで仕舞ったツケを、今更支払う事になっているだけだ。
 だけどもう、充分過ぎる程、支払った。あたしの心はすっからかんの文無しだ。
 只の友達であれば、屹度楽しくやれたのであろ、けれど貴方は若さ故の気性の烈しさで、若さ故の自己中心的な考えで以て、あたしを想うままにしたがる。幾らでも銭をばら撒いて。
 あたしは一ツ学んだ。銭で人の心は買えぬ。買えるのは、表層に浮かべた愛想笑いと世辞、時間。
 あたしの心は丸で、動じないばかりか、擦り切れて血が滲むだけだと云う事。

 それでも貴方は、その言葉を吐く都度あたしが離れて行く事を解らずに、そんな至極簡単な事にすら気付かずに、愛していると云う。
 鈍な男、自分しか見えない男。御免、貴方と居ても、あたしは詰らないのよ。

 『今、終わった。これから戻るよ。』と、メールが入る。
 あたしは急いで雑記帳を閉じ、睡眠薬を飲み下す。
 せいぜい今日は大枚叩いて頂戴。そして、これ切りさ。それさえわからずにどうぞ楽しんで。
 酷い女で良い。あたしはあなたを決して愛せない。
 深く深く煉獄の底に陥って仕舞う前に、せめて貴方への気遣いに、あたしは早々と消えて仕舞おう。
[2009/07/31 05:12] | 小説―midium | コメント(0) |
*喪服の値段*
 例えばあたしが何度も縛られて踏み蹂られたとしよう。
 泥塗れの襤褸雑巾のようになったこの体を溝から掬い上げてくれるのはきっと、あなたしかいない。
 そう思うと同時に、自分を救えるのはこの自分自身しかいないのだと、ほんの少し強がる。

 父親が死んだ時、あたしはまだ若かったから、あの辛気臭い婆臭い、喪服なんて云う衣装を持ち合わせていなかった。
 スリットの大きく入った黒のスーツは、歌舞伎町で売れていた頃の一張羅で、あたしはそれを着て遺影の前で香を捧げ、長い箸で遺骨を拾った。

 今でも喪服は持っていない。必要だと思いこそすれど、わざわざ大枚叩く気にはなれないのだ。
 そして、誰かの死は突然やってくるから、訃報を聞いてから喪服を買いに行くには時間が無さすぎる。
 そしてあたしは、訃報を聞いた途端に縛られ踏み蹂られた状態になる。
 涙は出ない。だけど物事に、冷静な判断が下せなくなる。
 正気に戻るまで、長い長い時間をかける。
 そんな時、あたしに辛うじて蜘蛛の糸一本を降ろしてくれるのは、あなたしかいない。

 大嫌いだった父親の死を、何年間も引きずった。
 それは毎日写真に手を合わせるわけでもなく、ましてロケットペンダントを持ち歩く筈もなく、毎日を泣き暮らすことさえ出来なかった。
 その日は水曜で、バレエのレッスンに通っていたあたしの携帯電話は、誰もいないロッカールームで何度も鳴り響いた。
 バレエのレッスンが終わり、服を着替えてスタジオを出てから電話をかけ直すと、父親が死んだから、と告げられた。
 それ以来、バレエが出来なくなった。トウシューズを見るのさえ駄目になった。
 あたしはほんの少し、日常生活に支障を来さない程度に、頭がおかしくなった。
 自分でも支離滅裂な事ばかりしていたな、と今更ながら、想う。
 今は、トウシューズを履く事も出来る。だけどもう、踊れない。

 自分自身を救ったのは紛れもなく自分自身だけれど、あなたがいなかったらきっとあたしはその儘、駄目になっていた。
 だから、あなたがもしいなくなったら、と考える事なんて出来ない。
 あたしを切り苛み続けた父親の死でさえ、あたしを少しおかしくし、あたしを踊れなくした。
 あなたがいなくなってしまったら、屹度あたしもいなくなるだろう。
 蒸発するように、じゅわっと小さな音を立てて。

 これから何年も年齢を重ねれば、きっと喪服と数珠は必要不可欠になっていくのだろう。
 けれどあたしは、あなたがいなくなったら喪服ではなく、同じくらいの値段の真っ白なドレスを買うよ。
 数珠と同じくらいの値段の可愛らしいティアラを買うよ。
 そして、周囲の目も気にせず真っ白なドレスを着てあなたを見送ると思う。
 もしも、あなたが先にいなくなったのなら、あたしはこの通り、きっと正気に戻れない。
 あたしはきっと、立ち直る事など考えない。きっと、自分自身を救う事さえ放棄する。
[2009/07/29 03:03] | 小説―light | コメント(0) |
*自分本位*
 山手通りのビルとビルに遮られた狭い夜空を、灰色のちぎれた雲がとても速く流れて行く。
 『雲、どんどん過ぎてく。何だか綺麗ね。』
 『そうだね。すごいね。』
 信号が変わり、交差点の途中に取り残されたあたしと彼は、そんな他愛もない話をしながら空を見上げる。
 あたしが夜空に気を取られたふりをして、首筋をまっすぐ顔を上に上げたのは、通りの真ん中に二人きりで取り残された場を見計らって何かを云おうとする彼をはぐらかしただけで、本当は夜空を行き過ぎる雲の事なんてどうでも良かった。

 あたしを好きになったっていいけど、痛いだけだよ。
 一応、そう云ってみた。
 もっと真っ当な、ちゃんとした恋愛をするのに相応しい女の子を、ちゃんと探しなよ。
 けれど彼は顔を横に振り、モモに嫌われる以上の痛みは無いから、と笑った。

 好きになったっていいけど、それは君の意思だからあたしには止められないけれど、だけどこれだけは約束してね。
 「あたしの自由」の領域には、決して踏み込んでこないで。
 それはとても難しい事だと思うけれど、君に出来るかどうか分らないけれど、痛い思いをしても構わないって覚悟があるのなら、そしてあたしを好きだと云ってくれるのなら、まず一番に互いの「自由」を尊重して欲しい。
 そう云うと、彼は澄んだ目で笑って、もちろんだよ、と答えた。

 ちゃんとわかっているのかなぁ。
 君はまだ若くて、きっとあたしの「本当」を見抜いていない。
 あたしが云っている事は、『いいとこ取りの、つまみ食いの関係で居よう』っていう酷い告白だよ。
 『君といる時は楽しい事だけやるだけやって、つまらない事や面倒臭い事は見て見ぬふりをしよう』っていう恋愛とはかけ離れた関係を求める言葉だよ。
 突きつめれば、『一時的に恋人の関係でいられても、あたしは自分の帰るべき場所へ帰るんだよ』って云って、ブレーキをかけているんだよ。
 残酷でしょう。

 新宿の空は狭い。
 不要としか思えない、大きな建物に四角く遮られて、映画館のスクリーンのように仕切られた空を雲が風に乗ってただ流されて行くだけ。
 その建物の向こうに星が出ていたって、誰も気づきはしない。
 何となく予測はついていても、それを目にする事は無い。
 誰も、見ようともしない。それが当たり前だと思っている。

 信号が青に変わる。通りの向こう側から、人の波が押し寄せてきてあたしたちを飲み込んで行く。
 あたしは常に孤独なわけじゃないけれど、きっと彼はおそらく、ずっと孤独だったに違いない。
 あたしは生まれ育った家庭に恵まれていなかったけれど、だから擦れた目で世間を眺めてしまうけれど、将来公務員になりたいと話す大学生の彼はきっと、まっすぐな視線でありのままの世界を受け止める事だけをしてきたのだろう。
 だからこそ、他人との関係や温もりに飢えているのだろう。
 明るいようでいて、その実孤独だからこそ、あたしのようなのに引っ掛かってしまうのだろう。
 あたしの言葉の裏まで読まずに、鵜呑みにするような純真さで。

 『プリクラ撮って行こうよ。』
 『え、今時プリクラなんて使うの?』
 『いいじゃん、其処にあるよ。』
 『嫌だよ。写真は嫌いなの。』
 『モデルなのに?』
 『そう。だから作り笑いしかできなくて、そんな表情をした自分がたまらなく厭なの。見ていたいなら普段のあたしの表情を見ていて。』

 どうしても写真を撮りたがって、地下へと続く階段を降りようとした彼の肩に手を懸け、日に焼けた頬にキスをひとつして、これで許して、と云った。
 彼は突然のキスに吃驚して言葉の一つも出せずに、降りかけた階段を上り、あたしの腕に腕を絡めた。

 たった一度会ったきりで、惚れたの腫れたの云う事は、逆に軽率だとも思える。
 それでも彼はあたしに本気で、あたしと云えばそんな彼を半分玩具のように弄んでいる。 
 何時か、あたしはこの罰を受ける日が来るのだろう。
 その時は、彼の事も巻き込んで、傷つけて踏み躙って、そして自分の良心の呵責にも苛まれる事だろう。
 わかっていても、半ば退屈凌ぎのような色恋沙汰に興じて、普段の生活での不服や心にかかる負荷を蹴散らすように、平然と相手を犠牲にしてしまう。
 そんな酷い人間だよ。
 でも全く好意が無いと云えば、それは嘘になる。
 これでもし、彼が遊び慣れた男ならば、あたしは何の躊躇も無く身を任せる事が出来るだろう。
 こんなに色々と考えあぐねたりはしないだろう。

 『あたしの何処がそんなに良いの?』
 『全部。顔も中身もそのスタイルも、それから体のタトゥも残った傷跡も全て綺麗だから。』
 『買い被り過ぎだよ。あたしの事を知れば知るほど、きっと疲れてくるから。』
 その時は、遠慮なく云ってね。あたしは君の事をめちゃくちゃにしたくないから。 
 『きっと疲れないよ。きっと、どんどん好きになる。』
 そう呟く君は、やっぱり世間知らずだ。
 汚いモノを見ようとしないんじゃなくて、その目は汚いモノも薄汚れた感情も、擦り切れた欲望も何一つ見えない。
 あたしを見ているようで、多分あたしを見ていない。
 それは虚しい事ではあるけれど、逆に云えばその部分に安堵する。
 醒めるまで夢を見ていて構わない。

 そんな純粋な君が、あたしのような自分本位の人間を好きになっちゃダメだよ。
 そう思いながら、その想いにほんの少しでも応えてあげたいと思う自分がいる。
 彼を都合よく振りまわしていても、少しの同情と、心の底に根付く大きな罪悪感と、あたしから見れば真っ白なままの君があたしに寄せる純粋な恋愛感情に翻弄されている。

 酒臭い小路を、水たまりを避けながら歩いて新宿駅の改札に辿り着く。
 『送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね。』
 『うん。また会ってくれるよね?』
 『連絡ちょうだい。できるだけ時間を作るようにするから。』
 それじゃ、またね。そう云って、あたしは彼の頬に左手を添える。
 『睫毛がついてる。少し目を閉じて。』

 目を閉じた彼の唇にキスをして、あたしは無言で改札を通り雑踏へと消えて行く。
 後ろから、彼があたしの名前を呼ぶのが聞こえたけれど、あたしは振り返らずにそれを無視して歩いて行った。
 これ以上惹かれるのが厭だった。別れ際を惜しむのも厭だった。
 自分の揺れ動く感情を含めて、全てがもうどうでも良くて、面倒臭かった。
 とても疲れた。
 早く家に帰って、全て無かった事にして全て忘れて眠ってしまいたい。
 そう願いながら、あたしは吊革にぶら下がって、彼の事をできるだけ考えないようにした。
 彼を弄んで一時の退屈しのぎをしてしまった自分の事も考えないようにした。
 それでも絆は繋がった儘だ。
 あたしは自分を騙せないのにこんな遊び方をして、自業自得ながら胸に刺さった棘をもどかしく感じる日々を続けて行くのだろう。
 本当は臆病なのに、とても強がりな態度を取ってばかりいる。

 本当は、彼はそんなあたしの事を全て見抜いているのかもしれない。
 そんな邪推さえ心に浮かんできた。
 手持無沙汰になったあたしは、満員電車に揺られながら、意味も無く靴の踵を鳴らした。
[2009/07/26 06:12] | 小説―light | コメント(4) |
●更新さぼってすみません。。。●
お久しぶりです。
ブログ、小説、コメント返しをだらだら引き延ばしてしまってすみません…。
7月前半は、花屋の仕事。
お盆(東京は7月)の準備やら葬式やらで忙しく、
(夏になるとお葬式のお仕事が増える、、、暑さは怖い。)
つい数日前は免許証を紛失し(これが無いと仕事が出来ない)、
あわてて次の日に再交付手続きを受け、
その次の日に落とした免許証が見つかり、

なんだかなぁ。

な、7月前半を過ごしておりました^^;

後半にかけて。
長編小説の連載企画をしています。草稿が上がり次第週一ペースでUPしていきますので、
皆様今後ともよろしくお願いいたします。

さてこれからご飯を作らなければ!!(旦那様はお仕事で午前様決定)
[2009/07/19 20:18] | ブログ | コメント(4) |
*ユウガオ*
 梅雨空の晴れ間も束の間、空は鈍色に凝ってぱたぱたと雨が落ちてくる。


 普段目を向けずに通り過ぎるものをひとつひとつ眺めながら、自分の暮らす街にはこれ程までに物が溢れていたのかと不思議な気持になる。
 翳ひとつなく磨かれた高級車や、老人ホームの窓にしっかりと嵌め込まれた鉄格子、ひしゃげた空き缶、片方だけ落ちている靴。

 美しいものしか見ないでいたい、と云う願望は潜在的にあたしの視覚をコントロールして、普段目につくものは、真っ白な紫陽花や、いつまでたっても実を落とす事の無い蜜柑の木、足元をかすめて行く雀の群れや青く柔らかい草の葉。

 夕顔の、淡く儚い薄色。

 そんなものばかりを見ているあたしを、彼は非難する事がある。
 君は現実をしっかりと見るべきだと。世間知らずに、自分の世界に生きているのは狡い事だと云う。
 『お嬢様育ちなんだね。見ていてわかるよ。それなりに頑張っている事はわかるけれど、詰めが甘いし厭な事からは目を背ける傾向にあるんだ。』

 この男はいつもあたしの事をそう決めつけて、自分が優位に立とうとする。
 あたしは彼に『自分の事』を深く話すつもりはないし、誤解するならそれで結構、支配して優位に立ちたいならそれで構わないと思う。
 あたしには関係ない。
 優越感も自己満足も、あたしを無意識的にでも下位に置く事で得られるのなら好きにして欲しい。
 好きだから、どう思われても彼に尽くす、とか、そう云う意味ではなく、もう半ば諦めているのだ。
 そうして逆らわず世間知らずなふりをしていれば、彼とはなんとか上手くやっていける。
 お互いの利害関係の一致を以て、あたしたちは一緒にいる。

 『その体の傷跡は全て君自身の責任で、俺には全く関係ないし興味も無い。』
 外の雨は本降りになって、薄汚れた窓に叩きつけるように激しく降り注ぐ。
 『窓の掃除くらいしろよ、バイトなんて週三日だろ。』そう云いながら、彼は風を通す為に少し開けていた窓を閉めた。
 窓が閉じる直前に、雨雲の晴れた西の空の赤さが目にしみた。

 あたしは何も聞こえないふりをする。
 あたしは何も見えないふりをする。


 この眼に映る情景を愛する以上にあなたの事は愛せないのだし、
 この耳に捉える音を慈しむ以上にあなたの事を慈しめない。


 それでもこの男に養ってもらっている事は事実だし、あたしは自分が生き延びるために彼を利用しているのであって、あたしを精神的肉体的に慰み物として扱う彼とはどっこいどっこいの立場だ。
 二人ともきっと、自分たちが騙し騙しでその日暮らしをしている事を知っているのだろう。


 あたしたちはすぐそこの路上に何週間も放置されてすっかりくたびれてしまった、片方だけの靴。
 あたしたちはいつもぴかぴかに磨きあげられている、見てくれだけの高級車。
 あたしたちの中にはきちんと鉄格子が嵌め込まれている。薄汚れたカーテン越しに。


 荷物を纏めるべきは今日なのか、それとも明日なのか。
 目を閉じて耳を塞いだまま、此処から逃げ出すありとあらゆる手段を考えてみる。
 彼もまた、あたしが跡形もなく消え去るのはそう遠くない日だと感じているだろう。
 あたしたちは、その事だけを痛いほどわかり合っている。


 束縛は共に生きる上で必然的に発生するが、あたしは精神的な束縛には我慢がならない。
 あたしの生きてきた軌跡を容易く『無かった事』にされてしまうのは耐えられない。
 だから、いつか、出て行きたいと願う。
 そしてあなたの云う『あたしの世界』をわかってくれる人を、探しに行きたいと、願う。


 あたしはきっと、悪い夢を見ている。
 酷い夢ではないけれど、夕顔の蔓が体中に巻きついて離れない。



[2009/07/09 00:36] | 小説―midium | コメント(2) |
●自立支援受給者証明書●
 …という長ったらしい名の証明書を更新するために、一年に一度は必ず区の保健センターに出向かなければならない。
 この証明書があれば、精神科への通院がほぼ無料で受けられるというかなりお得な制度だ。

 何しろ、毎回受診と処方で三千円以上取られていてはたまったものではないし、私の場合、精神疾患らしい精神疾患は無いのだが、甲状腺科とリンクして睡眠薬や賦活剤の投薬を受けているので必要な制度だと思う。

 が、しかし。
 その受給者証明を受け取るためには、医師の診断書が必要になってくる。
 精神疾患の医療制度サポートを受けるためには、それなりの理由が必要だ。
 患者(私)の病歴・既歴部分は、自分自身見るに堪えないものがある。
 でも、それらは小説に出来るくらい克服した物だ。
 けれどそれを他者(ボンボンやお嬢様のお役所役人サマ)に見られるのはつらい。

 自傷も自殺未遂もドラッグも売春もレイプも全部私の中では過ぎた事なのだが、病歴欄にそれを事細かに羅列してあるのを見られるのはしんどい。
 そこで、私は病歴欄にセロテープで紙を貼り、役所の係員に見えないようにして提出する。
 処理するのは区役所の仕事で、末端の保健センター職員がそれを見る必要はないのだ。

 所が、今回は運悪く空気の読めない事務員に当たってしまい、病歴欄に貼られた紙を剥がされた。
 『ふむふむ』とわざとらしく頷きながら、一言一句舐めるように読んで行く。
 居心地の悪さを感じながら、私は提出書類に全てを書きこみ、判を押してテーブル越しにつき出す。
 事務員はそれに判子を押しながら、『御苦労なさったんですねぇ』と話しかけてくる。


 ・・・知るか!
 すべて済んだ事なんだよ。
 私はただ、医療費を浮かせるために書類提出しているだけ。


 次の一言には笑った。
 『お一人(独身)のようですし、あの、僕に何か出来る事、ありますか?』
 (※夫はまだ住民票を移していない。家賃が跳ね上がるからだ。そんなわけで、私に関する書類はすべて私本人の名義や所得しか載っていない。)

 公私混同もここまでくればお笑いだ。
 『今後一切あたしに関わらないでいただきたいですね。あなたみたいな人は嫌いです。』
 そう云って、保健センターを後にした。


 私の通院履歴・病歴欄は我ながら酷いものだと思う。
 それは仕方の無い事で、自業自得と云わざるを得ない。
 それでも爛れたやけどの跡を鉤爪で引きちぎるような真似を、『善意』や『好意』と称して押しつけて来る人間なんて大嫌い。
 痛みを知らずに人に優しくしようとする、その上っ面を剥がしたい。
 
[2009/07/08 03:04] | ブログ | コメント(6) |
*夜明け前のゆめ*
 薄暗く湿った朝にふと思い出す事がある。

 あたしは当時働いていた歌舞伎町で、一人の男を拾った。
 生ゴミ臭い、室外機の騒がしい路地裏で座り込んでいた男を見つけた時、あたしは最初彼が死んでいるのかと思った。

 紅く染めた髪の隙間から覗く顔は傷だらけだったけれどとても綺麗で、けれど何処か人工的な面影があった。
 彼は座り込んだまま、しんどそうに胸ポケットから煙草を取り出して火を点けた。
 唇が切れていて、フィルターが薄紅色に染まっていった。

 あたしは彼に声をかけて、近くの安ホテルに引きずって行った。
 あたしの華奢な肩に預けた彼の腕はとても細かった。
 ホテルのベッドに彼を寝かせ、タオルを絞って顔を冷やす。
 我ながらお節介だとは思ったけれど、こういうのは放っておけない性分なのだ。

 服のボタンを緩めながら、彼がとても良い身形をしている事に気付く。身に着けている服も小物も全て、一般庶民が易々と買える代物ではなかった。
 ホストだったら面倒だな、と思いつつ、彼の熱を吸い取ったタオルを絞り直す。
 そして、体を拭いてやりながら、肩から二の腕に刻まれた見覚えのあるタトゥに気づいた。

 その時彼が気付いたので、あたしは彼に、顔以外で痛い所はないか尋ねる。
 彼は、特にない、と云って、それからあたしの名前を尋ねた。
 ―――ユウ。俺と同じ名前か、と彼は云った。

 ―――怪我人は朝まで寝てなよ。あたしはそこのソファで寝るから。
 そう云って、あたしはブーツの紐を解き、ジャケットを脱いでソファに横たわる。
 
 彼は顔をしかめながら起き上り、財布の中から白い粉の入ったパケを取り出す。
 あたしに向かって、こっちに来いよ、と云うので、あたしは彼の座っているベッドの脇に腰かける。
 ―――吸う?
 彼は白い粉の入ったパケをひらひらと弄びながらあたしの眼を見つめる。その眼の中の苦しげな色が、彼の悪ぶった笑顔を崩していた。

 ―――いいよ。一緒に吸っても。ただし、吸って今だけ楽しくなったって所詮は醒める夢。生きている事がつらいって事は、何をしたって変わらないよ。
 すると彼は、つまんねぇ、と溜息を吐いてパケを仕舞った。
 ―――わかってるよ、そんなん。つまらねぇ女。……

 ―――じゃ、あたし寝るから。
 ソファに戻りかけたあたしの手首を強く掴んだその男は、そのままあたしをベッドに引き倒す。
 ―――一緒に寝よう。
 ―――…あんたくらいの綺麗な男ならいくらでも寝てくれる女の子なんているでしょう。呼び出せば。あたしは出て行くから。
 ―――何もしないから。

 結局、男はあざと切り傷だらけの顔をあたしの胸にうずめて眠ってしまった。
 本当に、何もしなかった。子どもみたいに、あたしの胸に甘えすがったまま深く眠ってしまった。
 あたしは思った。
 この男はきっと、生きる事がつらくて仕方が無いのだろう、多分あたしよりも。


 明け方、ホテルを出てしばらく歩いた裏路地であたしたちは別れた。
 ―――電話番号、訊いていい?
 ―――…お互い、これきりにした方がいいよ。
 ―――何で。
 ―――だってあたしはあなたが何者なのか知っているから。あなたがどんな仕事をしていて、どれだけの評価を受けているかも知っているから。
 ―――いつから知ってた?
 ―――顔は腫れていたから気付くのに時間がかかった。服を脱がせて、体のタトゥを見てあなただってわかった。そして、名前。
 ―――そうか。

 ありがとな。
 そう云って、彼はあたしにキスをして、まだ朝日のささない暗く湿った路地を歩いて行った。   
[2009/07/07 05:52] | 小説―midium | コメント(0) |
●限界点が掴めない●
 ここ数日、体を痛めつけるような事ばかりしている。
 それは、ジムに通ったりヨガを続けたり、歩いてみたり、本来ならば健康のためにするべき事だ。

 あたしはどうも自分の限界が掴めないらしい(笑)。
 ジムに通えば2時間自転車を扱ぎ続け心拍数は上がりまくってインストラクターに止められ、アドビオール(処方されている心臓薬)のお世話になる事も屡←バカ。
 ヨガを始めればいつの間にか6時間ばかり経過していて、翌日には痛み止めを乱用←バカ…。
 体によかれと思ってウォーキング、久々に網タイツ+マーチンのブーツ(靴ズレ最悪コラボ)で新宿までお出かけして、帰宅したら踵もブーツの内側も血まみれ←大バカ。

 屹度、軽い拷問位だったら難なく受けて立つんだろうな、この体は。

 『ここらで止めなきゃ』って、みんなどうやって判断できるんだろう。
 あたしの場合、『ここら辺が限界だろうな』って意識が無くて、脳が求めるだけ求めてしまうから体がもたなくなるわけで…。

 ついでに。
 お酒の限界点も掴めないのは何故なんだろう。昨夜も懲りずに痛飲した。
 
 そうか、色んな意味であたしは慾深いのだ。
 ペカリさんのアドバイスにならって『棺桶日記』なるものをつけたなら、それこそ広辞苑並みの超大作に成る事享け合いだ。
[2009/07/05 04:19] | ブログ | コメント(4) |
●徒然為る儘に哲学●
 病のせいで、手足だけが燃えるように熱い。耳も両側が難聴になっている。そして、ひどく眠たい。
 折角の休みだったというのに夫は夜に放映される映画が観たいと云って外に出ず、仕方なく一人で何処かへ行ってみようかと思った矢先に雨が降り出した。

 雨の日は寧ろ好きなのだが、風邪に罹ると長引くので外出は控えるようにしている。

 椅子に腰かけてぼんやりと外を眺めながら、自分は後どの位生きられるか考えて見る。
 無論、今の自分は明日をも知れぬ命ではなく、只運悪く一生ものの病を患っているに過ぎない。そして、それは確実に死を齎すものではないのだ。
 けれどこの長寿国の中で、長生きと呼ばれる部類に入らない事は確実だ。

 角部屋の窓から見える屋上の水溜りに細やかな雫が降り注ぐ。
 あたしはふと想う。
 
 『自分は細胞、もしくはウィルスの類なのではないか』

 例えば、地球がひとつの臓器だとする。その臓器を形成する細胞か、或いは侵食するウィルスが我々地球に生息する、ヒトを含めた生命体である。
 そしてその臓器=地球を内包している銀河系を体内全ての臓器に喩え、ビッグ・バン以来成長を続ける宇宙を一個の人体に喩える。

 そして、その宇宙=人体は、我々人間と同じように何億と存在するのだ。

 …なんて、そんな哲学的妄想をしていると、自分という存在を主張する事の、自己実現を図る事の無意味さを突き付けられたような気がして、何もかもどうでも良くなる。
 物事の流れに抗う事も、何かの出来事に一喜一憂する事も、己の精進も何もかも。

 そうやって悟りきってしまった人は、きっと自死したり出家したりするんだろうな。
 あたしはまだ僧侶になるつもりもないし、涅槃するつもりもないから、これ以上深くは考えない。

 あたしの肉体は、もって後十数年だろう。精神的に考えれば、さらに短いのかもしれない。

 『…ハワイに行きたいな、ホノルルとかワイキキじゃなくて、キラウェア火山とかそう云う所。死ぬ前に一度は行ってみたいんだけどな。』
 あたしがそう云うと夫は雑誌から顔を上げずに、時期が来たらね、と呟いた。

 その時期はいつ来るんだろう。彼は白髪になったあたしとともに縁側で柿でも剥いて頬張る日が来るとでも思っているのだろうか。

 多分、そんな日は来ないよ。
 『どうして遊は生き急ぐの』と偶に訊かれても、自分の体の状態をいちいち説明などしたくない。
 多分つらいだけだから。

 マヤ暦では2012年に世界が終る。
 早く、その時が来て欲しい。世界が終るなら、大切なものもひとも全て無に帰れるものね。
[2009/07/04 03:39] | ブログ | コメント(2) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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