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*Mobscene 7*
*Mobscene 6*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『いい?ちゃんとやってよ。確実に、頭を狙うの。』
松岡は生唾を飲み込んで、汗で湿った手で銃の安全装置を解除した。
サイレンサーは付いていないので、上手い事電車が通過する時に銃を撃たなければならない。
硝煙のついたコートの換えは駅前のロッカーに入っている。鍵はポケットに、ポケットに…。

昨夜涼子から電話が掛かって来た時、強かな酔いもすっかり醒めた。
『ばれたわ』
涼子は開口一番にそう言って、溜息を吐いた。
『あいつ通帳と銃の入っていた引き出しに細工をしていたの』

子供の様な手段だったのに、まんまと引っ掛かったわ。単に、鍵口に薄くベビーパウダーをはたいてあっただけ。気付かなかったあたしが間抜けなのよ。
でもあいつが気付く少し前に運よくそれに先に気付いた。
『それで今は逃げ出して来て、埼玉のホテルにいるの。あいつからは何度も電話が掛かってきて、面倒だから着信拒否にした』
通帳も持って出て、あたしが全額引き落とした。どうせ汚い金だよ。あいつだって警察と馴れ合う事はしないでしょう。

松岡は高架下の柱の裏に身を潜めて、大西が風俗店の集金に現れるのを待っていた。至近距離から狙わなければ、弾は当たらないだろう。
黒のジャガーが薄暗い路地から姿を表した。運転席から長髪の男が先に出て、後部ドアを開ける。
今だ。松岡は震える手に拳銃を握り締めて、ゆっくりと車に向かって歩いて行った。


蘭はその頃、丁度夜の九時を回った頃だったが―――三上の部屋で立ち尽くしていた。
衣装ケースの一番奥に、ハンドタオルに包まれていた物を見つけてしまった蘭は、それを使ってしまったのだ。
その粗塩のような結晶を、風邪薬の空き瓶に入れて底をライターで炙り、立ち上がった白い煙を肺に吸い込んだ。
軽いめまいの後に、世界は物凄いスピードで流れ始めた。
蘭はその世界の中で、一筋の美しい滝を見出した。水道の錆びた蛇口からとろとろと流れ落ちる、普段なら気にも留めない水道水の流れは、まるで密林の中で虹を纏った小さな滝のようだった。

いつまでもその滝に見惹れている自分に気づき、改めて部屋を見渡せば、そこは楽園だった。デッキにCDを差し込み、疲れ果てて膝が抜けるまで彼女は踊り狂う。服を脱ぎ捨て、小さな滝の下に携帯電話を置く。全て水で洗い流して浄化するのだ。
そうだ、髪の毛を切ろう。全部全部切ってしまって、龍司との関係も切ってしまって、ゼロに還ろう。蘭は錆びた鋏を引き出しから取り出して、背中まで伸ばした髪をざくざくと切り始めた。
最早彼女に理性は無く、今まで見て見ぬふりをしてきた様々な事が、まるでパンドラの箱を開けたように飛び出し押し寄せる。我慢してきた事。耐えてきた事。笑って流してきた事。
みんなみんな、消えてしまえ。あたしもこのまま滅茶苦茶に壊れてしまおう。
蘭は再び白い結晶を炙って吸い、敷きっぱなしの蒲団に頭から飛び込んだ。此処は太平洋のど真ん中。

ぴぇr時y;dlkfj;hkm簿tjldkjfjhl;dh:f;ldgklj:d;lkfリオgj知おっほtpdfkd:4位r0-09kghldf…
:絵t:ぽj背9位34位d;hldl;kgh所;fgk;ぽrちhy;ぽtlhk:flghk;fglhk;fg…



彼女の形の良い小さな頭は破裂寸前で、支離滅裂な事を呟きながら、ときどき意味も無くケラケラと笑う。
彼氏は拳銃を握りしめながら、額に伝う汗を瞬きで跳ね飛ばして、黒いジャガーへ向かって駆けて行く。
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[2010/02/14 00:06] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*Mobscene 6*
*Mobscene 5*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
《12月10日 23:31》しばらくお店休んじゃってゴメンネ。蘭に会いに来てくれ
たみんな、心配かけちゃってごめんなさい。。。インフルエンザがなかなか治ら
なくて…。もうちょっとお休みさせてもらって、元気になったら復帰するから、
待っててね!蘭でした~(o^-^o)

『蘭はまだ治ンねェのか』
大西は不機嫌な顔で三上を怒鳴りつけた。蘭が店を休んで一週間になる。
店に足を運んでも、蘭がいない事を聞くと、そのまま帰ってしまう客も少なくない。
『…はぁ。まだショックから立ち直っていないようで』

三上は店側には蘭がインフルエンザだと言っておいたが、大西には、蘭が吐いた嘘をそのまま話していた。帰宅途中で暴行された、と。
けれど三上はその話が嘘である事を分かっていた。恐らく、松岡に痛めつけられたのだという事を。
大西もまた、それとなく事情は察していたが、松岡の事を蘭に問いただせば激昂される事はわかりきっているので、煮えきらない気持ちを抑えていた。


散らかった部屋をそのままに、蘭が消えてから一週間近く経つ。
松岡は蘭の行方がわからない事に一抹の不安を覚えながらも、蘭が失踪した事に関して罪悪感は無かった。
何故なら、蘭を絞め殺そうとした時の記憶など、アルコールのせいでほとんど残っていなかったからだ。
ただ気がかりなのは、自分は蘭のヒモ同然の暮らしをしているため、遊ぶ金が尽きたらどうする、それだけだった。

けれど、もうじき大金が手に入る。拳銃ももうこの手の内にあるのだ。
松岡の中に、蘭に対する愛情は無いと言って良かった。彼は、自分さえ愉しくやれればそれで良いと思っていたし、女など利用するだけのモノにすぎないと思っていたからだ。


蘭は殺風景な三上の部屋に寝そべって、床に直接置かれたテレビをぼんやり眺めていた。
一週間、ほとんど喉を使わなかったので、少ししわがれた、良く言えばハスキーな声なら出るようになっていた。

…だけど、こんな声を持っていたとして、それが一体何になるのだろう。
あたしは歌姫になるのが夢で、今は底辺に落ちていたって、いずれはステージに這上がりスターダムにのし上がるのが夢だったのに…。
今のあたしは底辺どころじゃない、奈落の底だ。
奈落、のほうがまだましかもしれない。奈落は舞台のすぐ下にあるもの。
ブログでは強がって、元気な振りをしているけれど、今のあたしは空っぽの心に汚泥を流し込まれた気分だ。

くだらない馬鹿騒ぎを繰り広げるテレビの電源を切ったと同時に、携帯電話の着信音が鳴った。液晶には《龍》と出ている。松岡だ。
蘭は最初、それを横目で流したけれど、いつまで経っても着信音が鳴り止まないので、仕方なく通話ボタンを押した。

『…真衣?ひどい声だな。風邪でもひいてるのか?』
思わず携帯電話を壁に叩きつけたくなる。その衝動をかろうじて抑えて、何でもない、と低く呟く。
『…何か用?』
『いやさ、お前最近ずっと帰ってねぇじゃん?店出てンの?』
『休んでる。でも店には話通してあるから』
『いつこっち帰ンのよ?』
『…さあ。』
話しているのも面倒臭くなって、蘭は一方的に電話を切った。
どうせ用件は、家賃の無心に決まってる。またかかって来るかと暫く身構えていたが、それきり携帯電話が鳴る事は無
かった。
ただただ虚しかった。どうせ自分は龍司にとってお財布でしかない事は、最初からわかっていた。でも、それでも良いと思っていた。龍司があたしを必要としてくれる、たまらなく甘い声と端正な容姿が、時たま見せる子どものような表情がたまらなく好きだった。たまらなく。
でも、今のあたしの中にはそんな感情は無くて、汚泥の詰まった心の中はひたすらに虚しくて苦しかった。
こんな時に、どう足掻いたらいいのか、蘭はその術を知らなかった。
そして、これから始まるもっと悪い事さえ、予想すら出来ずに一人部屋の中で静かに泣きながら佇んでいた。
[2010/02/07 05:54] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*Mobscene 5*
*Mobscene 4*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「蘭を預かってる?何で」
訝しげに尋ねる大西に、三上は今までの経緯を話した後、最後にこう付け加えた。
「・・・ほっとくと、自殺しそうな勢いだったもんで」
「まァ、いい。しっかり鎖かけて繋いどけよ。店のナンバーワンだからな、下手しても手ェ出すような真似するんじゃねぇぞ」
上には黙っておいてやる。大西はそう言って車を出すよう促した。今日は、珍しく暖かい南風が吹いていた。


あたしは空っぽの冷蔵庫に食料品を詰めていく。と、言っても、肉や魚などの生臭い物は一切無い。少しの野菜と、牛乳、卵、ビールにつまみ。
これだけ節約しているのに、何故あたしは毎日掛かってくる督促の電話に怯えながら生活しているのだろう。
答えなら、すぐそこにある。冷蔵庫の中身は質素でも、クローゼットに入りきらずに部屋を埋め尽くす雑貨や服が、その答えだ。
今日もまた、懲りずにカードを作った。いいのだ。あたしはとっくに自己破産するつもりでいるし、たとえ自己破産したとしても差し押さえられるような物品など無きに等しいから。
いろいろ買っても、ブランド物は買わない。好きじゃないから。
いろいろ買っても、車や家具は買わない。ただ邪魔なだけだから。
こうして「買う」という行為に追随する快楽を得られればそれでいい。いまのあたしが自己破産したとしても、自分で気に入って買った物が二足三文のモノだとしても、あたしは全然構わない。
「・・・狂って居るんだね。」
そう一人で呟いたら、何だかおかしくなってきて、あたしは深夜の真っ暗な台所でケタケタと笑い続けた。

―――誰もが青い鳥を見失ってしまった。
―――否、誰もが空腹のあまり、それと気づかず青い鳥を食べてしまった。嗚呼、あたしたちを満たす幸福って一体何処にあるんだろう、なんて無駄口を叩きながら、それとは気づかずに屠ってしまったのだろう。


一方、三上の部屋に取り残された蘭は、何をするでもなくただぼんやりと歯磨き粉の飛沫で汚れた鏡を見ていた。
「ねぇ、真衣ちゃんは大きくなったら歌手になるんだよね」鏡の中の幼い自分―――源氏名の蘭ではなく本名の真衣が無邪気に笑う。
「・・・大きくなったけど、歌手にはなれなかったよ。・・・ならなかったよ」
蘭は幼い瞳に心の中でそう語りかけて、鏡から離れた。
潰れた喉。もう歌は歌えない。
でも、そうなれなかったんじゃない。ならなかったのだ。自分で選んで、この結末にたどり着いたのだから仕方が無い。
いつだってあたしは自分で道を選んできた。結果としてそれが間違った道でも茨の道でも、自分で選んだと思い込まなければ耐えられない。自分で自分を洗脳しなければ生きていけない。
例えばそう、中学生の頃、初めてジャケ買いした洋楽のアルバムが、聴いてみた所で最低だったとしよう。そうしたらあたしはそのクソアルバムをベタ誉めしているライナーノーツや記事をスクラップして、ジャケットと一緒に部屋中に貼り付けて、そのアルバムは最高のモノだって自分自身を洗脳するだろう。
あたしにはそれが出来る。出来る。
医者に出された薬を、勝手に出したビールで飲み下す。喉が焼けるように熱く、酷く痛んだ。今度の現実は、そこまで甘くはない。
―――とりあえず、髪を洗いたい・・・。シャワーの蛇口を捻ると、勢い足らずな湯がだらだらと流れて白い湯気を立てた。
―――龍司は、心配するだろうか・・・。一瞬松岡の顔が頭をよぎったけれど、蘭はそれを洗い流すように長い髪を湯の流れに任せた。
―――別に、どうでも良いや。今は、何もかも。


その頃、松岡は空き地に停めた車の中で、涼子と一緒に煙草を吹かしていた。
「はい、これ。先に渡しとく。実弾入ってるから、気をつけてね。安全装置はこうして・・・」
松岡は涼子から拳銃を受け取りながら、身震いした。いわゆる、武者震いというヤツだ。
何て格好良いんだろう、拳銃って物は。たとえメイドインチャイナのトカレフもどきでも、銃は銃だ。
「もし、アイツに感づかれたら、その時は・・・ちゃんとやってよね」
涼子は平然とそう言って煙を吐いた。
「やるって・・・・・・」
「わからないの?だから、今、ソレを渡したんじゃない」
子供を腹に宿した女ほど、他者に対して恐ろしく残虐で、無慈悲な者は無い。
松岡は、そう思いながら、昨日蘭の細く白い首を絞めた時の事を思い出していた。
あいつは、丸で抵抗してこなかった。やくざに差し出した時もそう、ただ力無く長い睫に縁取られた眼を閉じていっただけ。
同じ女で、こうも違うものか。そう思ったが、松岡はそれを表情に出さなかった。
「オッケ。涼子、」
―――愛してるよ。
愛しているから、俺に金とクスリをさっさと渡しな。


珍しく今日は、暖かい南風が吹いている。
あたしは窓を開けて、橙色に汚れたお月様を眺める。
生ぬるい風が頬を撫でて、通り抜けていく。
きっと、悪いことが起こるんだ。今までで一番最悪な、醜悪な、酷い、酷い出来事が。
そう考えると、あたしは明日が待ち遠しくて仕方がなかった。丸で、遠足を楽しみにする子供のように、世界の破滅を願っている。
―――おやすみなさい。明日こそ、世界が滅びますように。
[2010/01/24 22:43] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*Mobscene 4*
*Mobscene3*の続き
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
朝の冷え込みは厳しくて、あたしは歯をかちかち鳴らしながら、掘っ立て小屋のような店の引き戸を開ける。
午前中、朝一の客も少なくない。風俗やっていて、今更ながら男はどうしようもない生き物だと思う。

空き個室のカーテンを閉めて、厚着していた服を脱ぎ、薄っぺらなベビーピンクのガウンとレースの下着に着替える。
これだって、きちんと洗濯されているんだか。不衛生極まり無い仕事だ。
不潔な服を着て、不潔な男に奉仕する。口に出された精液は、タオルに出して、客が帰ったらイソジンでうがいをして、ベビー用の小さな使い捨て消毒綿で身体を拭くだけ。

昨夜もポストに督促状が山のように詰め込まれていた。ふとしたら、あたしの人生何なんだろう…と欝モードに入りそうだ。
店内では朝っぱらから耳障りなトランスが大音量で鳴っている。
あたしは鞄から精神安定剤を出して、大量に口に含み、噛み砕く。苦い。
パントリにウーロン茶を貰って、口の中をゆすぐ。

『おはよう』
顔を上げると、蘭がいつものようににこにこ笑ってあたしを見下ろしていた。
いつもと違う所は、蘭の細い首筋に青黒い痕がついている事だ。
『おはよ。首、それどうしたの』
蘭は喉に手をやって、何でもない、と言い、痕を隠す為にぴったりとしたレースのチョーカーを巻いた。
彼女の声はかすれていた。あたしは、蘭が言いたくないならこれ以上訊くまいと思って、黙って煙草に火を点けた。


昨夜、蘭の彼氏は泥酔して午前三時に帰った。千鳥足で狭い部屋を徘徊した後、ベッド脇に立掛けた儘だった、ペパーミントグリーンの新しいテレキャスターを見つけてしまった。

『おい。おい!起きろよ!何だこれ~』
寝ぼけ眼を擦りながら起き上がった蘭に、酒臭い彼氏はテレキャスターを突きつけた。
『てめぇ、何買ってんだよ。こんなもん買う金があるなら俺に寄越せってんだ。いますぐ返品して来いよ。でなきゃ、売っ払って金にしろ』
蘭はさすがに、それは出来ない、と頭を振った。
あたしの夢。ささやかな夢。
『…少しくらい、許して。ずっと欲しかったし、安く売っていたし……』
『安物かよ。じゃ~要らねぇよな』
そう言って、彼氏は酔っ払いの馬鹿力でギターのネックをベッドのパイプに打ち付けた。
ひどい音がして、ギターはあっけなく壊れた。彼氏はテレキャスのボディも何もかも滅茶苦茶に壊した。
階下の窓が開く音がして、うるせぇよ、と下の住人が怒鳴るのが聞こえた。
あまりの事に震えて動けない蘭の頬を平手で打って、引き抜いたギターの弦をまとめて両手に持ち、彼氏はそれを蘭の首に巻き付けた。
『いいか。次に無駄な金を使ったら、お前殺すからな』
彼氏は泥酔していて、加減を知らない。そのまま蘭の首を絞めながら、蘭を犯した。
彼女は自分の手足の指先が冷たくなって行くのを、頭がぼうっとしてくるのを、無防備に受け止めた。

喉が潰れた音を身体に感じた時、一筋だけ涙が溢れた。

この人にはあたししかいない…それだけ思って、蘭は目を閉じた。別に殺されても良かった。


そんな蘭の一途な情愛とは無関係に、蘭の男―――松岡は、何人もよそに女を作っていた。涼子もその一人だ。
とは言え、松岡は妊婦の涼子に興味などさらさら無くて、涼子が企てている計画―――大西の財産を持ち逃げすると言う計画に荷担したいだけだった。
アシのつかない車も用意したし、涼子には丸で別人のような優男として接していた。
その甲斐あって、大西から巻き上げたクスリと拳銃、それから五百万円を渡す、と涼子は松岡に言っていた。
『後は、顔を隠して彼の預金を引き落としてくれればいいわ。』
涼子はそう言って、紫煙を天井に向けて吐いた。
五百万。ほんの少し、ホストの真似事をするだけで、ほんの少しのリスクを背負うだけで、それだけの大金とクスリ。
さらには憧れの拳銃が手に入る。
そうすれば、当面は贅沢の限りを尽せる。愚かな松岡はそう考えていた。
どうせ明日は死体になるかも知れない捨て鉢な生き方をしている松岡は、美味い話にはすぐに飛び付く。
そうして、自分の信条など棚に上げて、半月後の決行を心待ちにしている。


一方、蘭はかすれた声で一生懸命客の相手をしていた。休憩で階下にいると、三上が、
『蘭サン、風邪っスか』
と暖めたウーロン茶を差し出してくれた。
『うん、まあね。お茶、ありがと。大丈夫だよ、風邪薬飲んでるし』
蘭は笑って返したが、内心早くに上がって病院に駆け込みたかった。
自分の喉が潰れてしまったかもしれないという恐怖。
けれど、首についた絞め痕があるから、正規の医者には行けない。
『ねぇ、三上っち…この辺で腕の良い、ヤミの外科医知らない?』
『はぁ…何件かありますけど。蘭さん怪我でもしたんスか?』
『…絶対に誰にも言わないって、約束してくれるなら』
蘭はチョーカーを人差し指で下に下ろした。
『誰にやられたんスか?まさか、松岡の野郎……』
『ううん、違うの』
声を荒げた三上に、蘭は慌てて取り繕った。
『……昨日、帰り際、知らない人に』

三上は、ちょっと待ってて下さい、と言ってフロントで何か少し話をした。そして戻って来て、
『蘭サン、今日はもういいそうです。俺が車出しますから、急いで医者行きましょう』
『フロントには何て?』
『蘭サンが声渇れしてる事、店中みんな知ってますし、それで俺が高熱だからインフルエンザかもしれないって言っ
たら、すぐ帰せって』
三上は八重歯を見せて笑った。


『何ですぐ救急車呼ばなかったの。こりゃダメだ、声帯が半分潰れてるよ』
とりあえず、炎症止めの薬と湿布は出しておくけどな。
『とりあえず…ですか。あたしの声、元に戻りますか?』
『まぁ無理だろうね。元通りにはならないよ。暫く、なるべく喋らないで、安静にしとけば会話くらいなら普通に出来るようになるだろ』
三上は蘭の横に立って、一部始終を聞いていた。
『で?念のため事後ピル出しておく?』
蘭は黙って、苦しそうに小さくうなづいた。

帰りの車の中で、蘭は放心していた。抜け殻のようになった彼女を横目で見遣り、三上は軽く溜め息を吐いた。
『何か暖かいモンでも飲みます?』
返事はない。
三上は路肩に車を止めて、自動販売機にコインを差し込む。百円玉が落ちてきて、彼は舌打ちしながらそれを投入口に入れ直す。
蘭は助手席で人形のように夜空を仰いでいる。何も見ていないのかもしれない。あれほど明るくてタフな彼女が、丸で別人のように呆けている姿は、さすがに痛々しい情景だった。
『熱いンで、気をつけて。もうすぐ蘭サンの家に着きますから』
三上がそう言うと、蘭は窓ガラスにもたせかけていた頭を少し動かし、一言、…もう少しだけ、車で回って貰えないかな、と言った。
『無理スよ。俺も仕事抜けて来てるし、上は煩く電話してくるし』
そう答えると、そっか、じゃあ、ここでいいや、と蘭は車のドアに手をかけた。
『駄目っスよ。きちんと送り届けるまでが俺の仕事。』
三上は強引に車を出す。蘭の事を哀れとも可愛らしいとも思うけれど、店で抱えている女はきちんと管理しなければならない。それこそ、鎖をかけてでも。

『…蘭サン、家に戻るのが嫌ならウチに居ますか?狭くて散らかってるけど』

蘭は少し考えて、小さくうなづいた。今は、あの部屋の惨状を見たくはない。
壊れてしまったあたしのギターの残骸、へこんだパイプベッド、寒々しい部屋に一人佇む、もう歌えない自分。
想像するだけで吐き気がした。

三上のマンションは古い公団住宅のような場所で、三上はビラやチラシが詰め込まれたドアに鍵を差し込みながら唾を吐いた。
部屋の中にはほとんどと言っていいほど物が無くて、眠る為に帰るだけの場所のようだった。
『押し入れの引き出しに、前の女が置いてった服があるから、嫌じゃなかったら着ていいスよ。長居すンなら下着なんかは明日買って来ます。鍵、スペアが無いから、蘭サンには俺が戻るまで部屋に居て貰う事になりますけど、いいっスか?』
蘭がうなづくと、三上は、店にはインフルエンザで一週間休むって言っときますから。部屋の中では好きにしてていいスよ、と言って足早に玄関を出て行った。
[2010/01/19 18:43] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
*Mobscene 3*
*Mobsene 2*の続き
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
組の中では下っ端に近い大西が、店に勤め始めてからもう一年になる。
『はァ…風俗嬢のお守りスか』
思わず呟き、溜息を吐くと、兄貴分に、
『そんな贅沢言える身分かよ、何様だ手前』
と小突かれた。
確かに。俺には何の権限もありゃしねぇ。ろくでもない高校を中退した後、極道に逸れたはまだしも、三年経っても四年経っても下働きに代わりは無い。
バッヂもチャカもただの飾りで、人ひとり殺った事の無い、意気地無しの屑に変わり無い。

女が孕んだ時もそうだ。自分はただ狼狽するだけで、籍を入れるだの身を固めて堅気になるだの、そんな事すら考えつかなかった。
結局、俺は図体だけでかくて強面なだけ。脅しの為のお飾りに、上に媚びへつらって毎日過ごしているだけ。
女の腹の子はもうじき六ヶ月になる。
『…それだって、俺の子かどうか分かりゃしねぇ…。』
大西は呟いて、電柱に向かって煙草を放った。雪はいつの間にか止んでいた。

『だからぁ、大西サン、聞いてるんスかぁ~?』
見回りから戻った舎弟の三上が、小汚い長髪を掻き揚げながら言う。
『藤原がムショ食らったでしょ。そのアオリで俺達もパクられたりしないでしょうねぇ』
藤原は三ヶ月前に路上でシャブを撒いていて捕まった阿呆だ。
『大丈夫だ。あいつは間抜けだか人一倍の根性無しだ。ゲロ吐いたらムショ出た後にどんな目に遭うか分かってンだろ』
大西は面倒臭そうに答えて、煙草をくわえた。三上が慌ててライターを取り出し、それに火を点ける。ブランド物のジッポ。胸ポケットにしまった百円ライターが、どうにも情けなくて仕方ない。


大西の女は涼子と言い、膨らんできた腹を気にする事も無く、くわえ煙草でベッドの上に寝転び、雑誌をぱらぱらと捲っていた。
『子どもが生まれたら、出て行こう。こんな先も見えない極道者との生活なんて、誰が好き好んで続けるものか…』
金色に脱色した髪を払いながら、涼子は独り言を呟いた。
腹の子は確かに大西の子だ。けれど、彼が父親だなんて冗談じゃあない。
あたしの夢はハタチまでに子どもを生む事だった。ただ赤ちゃんが欲しいだけ。先の事なんて知るものか。
若いうちの妊娠、出産。それが叶おうとしている今、もう種付け役だけの大西に用は無い。
彼女は安定期を迎えたら、大西の貯め込んでいる金やシャブやロレックスなど、この狭苦しい部屋から洗いざらい持ち出して、姿を消す算段をしていた。


蘭は、携帯電話を枕の横に放った。
ブログはほぼ毎日欠かさずつけている。でも、特に書く事なんて無いし、文章能力も無い。
幸運にも、彼女がその事について悩む事は無かった。
何故なら、彼女にとって全ては《どうでもいいこと》であり、それを読んだ人間が何をどう取ろうと気にする事など無かったからだ。
彼女は無垢で、それ故に無知でもあった。
昨夜、彼氏がラリって壁に打ち付けた拳型の穴に、ガムテープを貼り付けながら蘭は想った―――明日なんてどうなるかわからない。一昨日まで、お気に入りのポスターが貼ってあった壁さえ今は、こんなにも惨めな姿になっているのだもの。
ガムテープをベッドの下に投げて、裸足にスリッパをつっかけキッチンへ向かう。
冷凍庫の中からウォッカの瓶を取り出し、瓶口から直に三口ばかり呑んで、ウォッカを冷凍庫に戻した。
これで今夜はゆっくり眠れる。彼氏が夜中に帰って来なければ…。
怖くない。あたしはあの人を怖いだなんて思っていない。今の生活だって、苦しいとは思わない。
ただ一つだけ―――もう一度バンドで歌いたい。
またステージに立ちたい。客が少なくてもかまわないから、今度はこの新しいテレキャスで、あたしの歌を歌いたい。ライヴ、ライヴ、ライヴがしたい…。

―――彼女はまだ気付かない。自分はもう、ステージパフォーマンスとは程遠い世界にいる事に。
否、もう既に戻れない事を知っていて、その事実を見て見ぬ振りをしているだけかもしれない。

全ての人々が、青い鳥を見失ってしまった。
残されたのは、小さな羽根のひとひらで、それさえ色褪せ干からびて行くだけだ。
そして、誰もがその事に気付かない。世界は、こうして回って行く。
[2010/01/10 00:36] | *Mobscene*(※休載中) | コメント(0) |
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*My Blue Heaven*


私の記憶の中から、思い出せる限りの事を『小説・文学』カテゴリに。   私の現在を、『ブログ』カテゴリに。

プロフィール

遊

Author:遊
Name:百瀬 遊(Yu Momose)
Birthday:01/28
Blood type: B
Sex:F

●がタイトルにつく場合ブログ、
*がタイトルにつく場合が小説です。

◆初期小説は、書き下ろしのノンフィクションを載せています。
※カテゴリ別に読んで頂ければ、多少なりわかりやすく表示されると思います。
※表記の多い、自傷、ドラッグ、売春はすでに卒業しています。
ドラッグと売春は犯罪ですので、(今更ですが)やっちゃダメな事です。
自傷は犯罪じゃないみたいですが、周りの人が痛いのであまりお勧めできません。
◆09年8月以降、フィクションを増やしていく予定です。
ノンフィクションの場合は題名に表記します。

※著作権・肖像権の侵害、あるいは転載などは禁止とさせていただきますので、よろしくお願いします。

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